糊塗こと)” の例文
小染川、只木の両名を糾問すべきでございます、早く致しませぬと、かれらが気づいて、糊塗ことの手段をとるおそれがございましょう。
それもここ二、三年は何とか日和見ひよりみ的態度で糊塗ことして来たが、いまや急なる風雲はもう一日もそれをゆるさなくなって来たのであった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこでへええ、さうかね、ぢやもう少しにぎやかなはうへ行つて見てくれ、さうしたら分るだらうと、まあ一時を糊塗ことして置いた。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
まあこんな事にしておいてという糊塗ことした気味もある。どこやらに押付けたものをめていて不平がある句といってもよい。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
迷惑な話だが、なんとかこの場を糊塗ことしてやるほか、おさめようがないと考えたらしい。愛一郎の父は、サト子をショウバイニンの仲間だと思っている。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
葉子は庸三によって新聞の記事を何とかできるだけ有利に糊塗ことしなければならなかったが、庸三もこうして彼女につかまった以上逃げをうつ手はなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
境遇が急に失意の方面に一転した時、彼は自分の平生へいぜいを顧みない訳に行かなかった。彼はそれを糊塗ことするため、健三に向ってあたう限りさあらぬ態度を装った。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今後両家の交渉が頻繁ひんぱんになり、招いたり招かれたりする機会が多くなるのに、妙子の姿がこれきり消えてしまうとすれば、それをどんなに糊塗ことしたところで
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分はじつにあさましい気がする。そして自分の交友関係というものについて、そのなかにふくまるる虚偽と自偽と糊塗こととの醜さを厭う心をしみじみと感ずる。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
また資本家も官憲も姑息な圧制手段や温情的方法を以て一時を糊塗ことすることが出来なくなりました。
階級闘争の彼方へ (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
父はこうした外観で、その下劣げれつな人格や空っぽな頭やを糊塗ことしようとしているのであった。
例の先生の流義だから、ゆうべも誰一人抗争するものはなかつた。おれは明朝御返事をすると云つて一時を糊塗ことした。いさめる機会があつたら、諫めて陰謀を思ひまらせよう。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
でなければ見事きわまる賢哲保身だ。それを粉飾せんが為の高踏廻避と、それを糊塗ことせんが為の詩禅一致だ。済世さいせい気魄きはくなど薬にしたくもない。俺は夢厳和尚の痛罵つうばを思いだす。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
大川は細流に汚されずとでもいうような自信を装って敗北を糊塗ことし、ひたすら老大国の表面の体裁のみを弥縫びほうするに急がしく、西洋文明の本質たる科学を正視し究明する勇気無く
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何らの糊塗こともなく、醜陋しゅうろうもそのシャツをぬぎ、まったくの裸となり、幻や蜃気楼しんきろうは崩壊し、用を終えしもののすごい顔つきをしながら、もはやただあるがままの姿をしか保たない。
貧寒な拓本職人の家で、女餓鬼めがきの官女のような母を相手にみじめな暮しをするより、若い女のいる派手でにぎやかな会席を渡り歩るいてる方がその日その日を面白く糊塗ことできて気持よかった。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
敗戦の痛手というものは、そう簡単に糊塗ことおおせるものではないらしい。
硝子を破る者 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
あるいは磯山自ら卑怯ひきょうにも逃奔とうほんせし恥辱ちじょく糊塗ことせんために、かくは姑息こそくはかりごとめぐらして我らの行をさまたげ、あわよくばばくに就かしめんとはかりしにはあらざると種々評議をこらせしかど、ついに要領を得ず
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
それを摘発して政治の粛正を計っていたところ、どこからか漏れて、かれらから先手を打たれ、暗殺の謀計ということに糊塗ことされたのだという。
めおと蝶 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただ口賢くちがしこく、そのくせ信念はなく、自分のもってゆきたい所を巧みに糊塗ことして、介在している世俗的に頭のよいのが在ることも勿論だったが、そういう偽装ぎそう
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういう内実を糊塗ことするために、贅沢なホテル住居をし、ことさら、無闇に金を浪費している沼間夫人とその二人の娘は、その内幕へ入ると、じつは、どの人間よりも不幸で
キャラコさん:01 社交室 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
でなければ見事きはまる賢哲保身だ。それを粉飾せんが為の高踏廻避と、それを糊塗ことせんが為の詩禅一致だ。済世さいせい気魄きはくなど薬にしたくもない。俺は夢厳和尚の痛罵つうばを思ひだす。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
唯俗に従って聊復爾いささかまたしかり位の考で糊塗ことしてっていて、その風俗、即ち昔神霊の存在を信じた世に出来て、今神霊の存在を信ぜない世に残っている風俗が、いつまで現状を維持していようが
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
母などは話が途切とぎれておのずと不安になるたびに、「芳江お前は……」とか何とか無理に問題をこしらえて、一時を糊塗ことするのを例にした。するとそのわざとらしさが、すぐ兄の神経に触った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俊助も今度は約束した手前、一時を糊塗ことする訳にも行かなかった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自由主義で表面を糊塗ことした。
幕府の政治の方向が時局糊塗ことに傾きつつあるのを察したからだ、ひと口に云うと大政奉還をさえやりかねない、万一にも幕府にその手を打たれたら
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
いや、その方には糊塗ことの手段もなくはない。だが気になるのは、佐々木道誉の名が出たことである。花夜叉一座の田楽役者は、いわば道誉の領内に住むお抱え役者も同様なのだ。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはんなが寄ってたかって、今まで糊塗ことして来た自分の弱点を、早く自白しろと間接に責めるように思えたからである。こっちの「」以上に相手が意地の悪い事をするように見えたからである。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
西沢は罪を犯したが、犯した罪を糊塗ことしようとして、逆に自分の正体を曝露ばくろしてしまった。今日の彼の失敗は、どんな刑罰にもまさる刑罰だ、と隼人は思った。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
などという依然たる旧態きゅうたいの保守一点張りな老臣組もあったが、いかに時流にうとい政職まさもとの眼からてもそんな小策や糊塗ことでは、もう到底、毛利家とて釈然しゃくぜんたらざることは余りにも明確であった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一ノ関は置毒の事実がなかった、ということに同意した、しかし、医師親子と料理人はすでに処刑されている。それをどうするか、この五人の断罪をどう糊塗ことするか。
そうして、それまでに調べあげたものと突合せ、両者の記録の差違や、糊塗ことされた部分を挙げてゆくと、御用商人と重臣たちとのつながりが、意外なほど深く大きいのに驚かされた。
いしが奢る (新字新仮名) / 山本周五郎(著)