)” の例文
伏せてゐたい時、ぢてゐたい時、私は其處にかすかに岩を洗ふ溪川の姿を見、絲の樣なちひさな瀧のひゞくのを聽くのである。
その雨の音を聞きながら、半七は居眠りでもしたように目をじていたが、やがて手拭いと傘を持って町内の銭湯へ出て行った。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いったかと思うと、甲谷はもう眼をじて眠り出した。お杉はどうしたものやら分らぬので、寝台の下で甲谷の脱ぎ捨てた服を黙って畳んでいた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しばらく眼をじ心をしずめるもののように唇をしっかりと結んでいたが、やがて、かすかに眼をひらいたと思うと
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
云ひ/\てその美しき国の事にはかに恋しくやなりけむ、暫し目をぢて、レナウが歌とおぼゆるを口吟くちずさみ居たりき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「わしが死んだ? 死んだものが、お前の顔を見たり、こうやってベラベラしゃべられるかい。ハッハッハッ」女史は、目をじたまま後へりかえって笑った。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さながら地獄の無尽焔とも見えたり、目をじて静かに考うれば、これまでの無量の罪業ことに阿園の忌中五十日間の心術と所業と、一層明白に浮び来たり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
ただ楽しく……ただ楽しく……三人で幼児のように楽しい日をお送りなさい! と私は眼をじて黙祷もくとうした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
その顔に覗き込まれたように慄然ぞっとなって、もう矢も楯もなく、私はハッと眼をじてしまいました。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
右手を敷いて枕とし、左手を自然に脇腹へ置き、眼をじ唇を閉じていた。しかし顔色は蒼かった。益々蒼くなって行った。そうして左手の爪先が、かすかに幽かに痙攣けいれんした。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
湯槽の中に身体を浸し、眼をじた。久しぶりにのびのびした甚だ陶然たる気持であった。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
づれば 氷の上を風が吹く われ石となりてまろびて行くを
かめれおん日記 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
冷えまさる闇に目をぢ我が居ればおのれ鼠の親なるごとし
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何事をか思い泛かべるように、半七老人は薄く眼をじた。それが老人の癖であると共に、なにかの追憶でもあることを私はよく知っていた。
半七捕物帳:66 地蔵は踊る (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……(石本は眼をぢて涙を流す。自分も熱い涙の溢るるを禁じ得なんだ。女教師の啜り上げるのが聞えた。)
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
滝人はじっと眼をじたまま、それなり動かなくなってしまったのである。生涯謎のままで終るかと思われていたあの疑惑にも、ついに解け去る時機が訪れてきた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
乃公はぐっとこみあげてくるものを、一生懸命にこらえた。でもむかむかとむかついてくる。乃公は目をじて、洋盃をとりあげるなり、ぐぐーっと一と息にみ干した。
不思議なる空間断層 (新字新仮名) / 海野十三(著)
なつての後、いかに其處により善く生活してゆくか、本を買ふ、讀書をする、遠慮なく眼をぢて考へ且つ作る、さうした樂しい空想もまた幾度となく心の中に來て宿つた。
樹木とその葉:03 島三題 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
彼女は大兄の腕の中に抱かれたまま、今はしずかに眼をじて彼の胸の上へほおをつけた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
父はしばらく身動きもしなかったが、やがて懐ろの中から鼻紙をとりだし烈しく洟をかんだ。瞬間、彼の横顔がちらっとわたしの視線をかすめた。彼は眼をじ、下唇を噛みしめていた。
三等郵便局 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
土は黒い雪のごとく中天に舞いあがり、ぱらぱらと彦太郎の頭上に降って来た。帽子の上に石塊が飛んで来て、ひさしを跳ねた。砂粒が顔にかかって来たので、彦太郎はうつむいて眼をじた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
づれば氷の上を風が吹く我は石となりてまろびて行くを
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
眼をじる時こう云ったと看護のある人が公開した。
開運の鼓 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
苦しいのか、面目ないのか、立木につながれた彼は眼をじたまま俯向いていた。その話を聴いて庄太はあざわらった。
半七捕物帳:23 鬼娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
将軍は、胡麻塩ごましおの硬い髯を撫で撫で、目をじて、諸報告に聞きれているかのようであった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『解つてよ。』と、静子は聞えるか聞えぬかに言つて、じつと眼をぢた。其眼から涙が溢れる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ちら/\と寄する小波も全くこんな大海の岸であるとは思はれぬ凪である。見てゐる瞳は自づとざされ吐く呼吸は自づと長く、いつか長々と身體をも横たへたい氣持となる。
打てば金属かねのように響くかと思われるほどに緊張しきっていたが、法水のりみずは何か成算のあるらしい面持おももちで、ゆったりと眼をじ黙想にふけりながらも、絶えず微笑をうかべ独算気なうなずきを続けていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
彼はスイッチをひねるとタオルをくわえて眼をじた。身体が刻々に熱くなった。もしこのまま死ねたらとそう思うと、競子の顔が浮んで来た。債鬼の周章あわてた顔がちらついた。惨忍な専務の顔が。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まさしくその眼はじていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かたわらに人なきがごとくに談笑自若としていたが、時を経るにつれて眼をそむけて、遂にその眼をまったくじた。
「わしは宗じゃ。今忙しいからあとにこい」大竹女史が目をじたまま、男の声で答えた。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
『願くば御恵みめぐみを垂れ給へ!』ぢた其眼の長い睫毛を伝つて、美しい露が溢れた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、N—が酔った眼をじて、頭を振りながら云った。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
小柳は眼をじて立ち止まった。やがて再び眼をあくと、長い睫毛まつげには白い露が光っているらしかった。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すると総監は、しばらく目をじて、黙っていたが、やがてしずかに口をひらいた。
第五氷河期 (新字新仮名) / 海野十三(著)
更に唯だぢいつとぢてゐたい時もある。
「むむ」と、半七は薄く眼をじて考えていた。「その男は西からか東からか、早く云えば日本橋の方から来たのか、本所の方から来たのか、それも判らねえかね」
半七捕物帳:47 金の蝋燭 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
催眠術の達人と称する東京通信新聞の佐々記者は、目をじたまま苦悶している村の助役古花甚平に向って、なおも一生懸命に呪文を浴せかけたけれど、どうにも風向きはよい方に転じなかった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(かへでは縋りて泣く。夜叉王は答へず、思案の眼をぢてゐる。日暮れて笛の聲遠くきこゆ。)
修禅寺物語 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
といって目をじ、胸に十字を切った。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(かえでは縋りて泣く。夜叉王は答えず、思案の眼をじている。日暮れて笛の声遠くきこゆ。)
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
(男は目をじ、腕をくんで、万事休すというが如くに嘆息す。李の夫婦は顔をみあわせる。)
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
幸次郎が出て行ったあとで、半七は又しばらく眼をじて考えていた。この一件について、自分は最初から一つの推測を持っているのであるが、それが適中するかどうか。
掴まれた冬子はと見れば、不意の驚愕おどろき恐怖おそれとに失神したのであろう、真蒼まっさおな顔に眼をじて、殆ど息もない。よい漸次しだいに醒めたと見えて、お葉の顔も蒼くなって来た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
眼をじたり、口のうちで観音さまや阿弥陀仏様を念じたりして、色々に防いでいたのでござりますが、三日目に一度、五日目に一度は、どうしても防ぎ切れなくなりまして
人狼 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
眼をじて聴いていると、かれの笑い声などはどうしてもほんとうの女であった。それから二、三年の後、新聞紙上に報ぜられたところによると、彼は浅草の自宅で頓死した。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「そうすると、もう一人の同類が無けりゃあならねえ」と、半七は薄く眼をじた。
「それもそうですが……。」と、関井さんは少し考えるように眼をじていました。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「口を利いてはいけません。眼をじておいでなさい」と、舟びとは注意した。