痩形やせがた)” の例文
痩形やせがたで上品な田宮夫人はつつましやかに話し出した。田宮夫人がこの温泉宿の長い馴染客であることは、私もかねて知っていた。
鰻に呪われた男 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
目と鼻のさきに居ながら、大きな声で女中が呼ぶのに、ついはしの手をとめた痩形やせがたの、年配で——浴衣に貸広袖かしどてらを重ねたが——人品のいい客が
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奔馬のもんのついた真白い着物を着た、想像よりはずっと痩形やせがただが、長身の方で、そうして髪は月代さかやきおおわれているが、かおの色はあおいほど白い。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これがこの市の尊敬すべき役人連であった。ああ! この世の中では、痩形やせがたの連中よりも肥りじしの連中の方が確かに上手に物事をやり遂げてゆく。
椙村半三郎はもう十八歳で、むろん元服しているし、長身の痩形やせがたではあるが、骨組のたくましいりんとした青年になっていた。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
体もそれにり合って堅太りの、かっちりした肉づきをしているのが妙子で、雪子はまたその反対に一番細面の、なよなよとした痩形やせがたであったが
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
もう、いわずもがなのことだが、この痩形やせがたの美人こそ、去年の秋まで、大阪の立慶河岸りっけいがしにいた川長かわちょうの娘およねであった。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これに対座している主人は痩形やせがた小づくりというほどでも無いが対手あいてが対手だけに、まだはばが足らぬように見える。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その伯父の両隣に伯母と牧田が坐っているのですが、これが又二人共痩形やせがたで、殊に牧田は人並はずれた小男ですから、一層伯父の恰幅かっぷくが引立って見えます。
黒手組 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「先生、おやすみですか」と言いながら私のへやにはいって来たのは六蔵の母親です。背の低い、痩形やせがたの、頭のさい、中高なかだかの顔、いつも歯を染めている昔ふうの婦人おんな
春の鳥 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
辰が天岳院前の樹下闇このしたやみに立停まると、そこに男が一人駕籠を下ろして待っていた。三次が遠くから透かし見たところでは、痩形やせがたの、身長せいの高い若い駕籠屋であった。
そして彼は、次の大柄で痩形やせがたな、すでにほとんど白毛しらがまじりになった頭髪をした男に向って言った。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
そんな様子をグルグル見廻みまわしながら、そっと帳場格子の向うをみると、二十二三の痩形やせがたの、文金だか島田だかにっている娘がお針をしているのだが、どうも見当がつかなかった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
私にはおかみさんのかおかたちがいちばんはっきり思い出される。貸座敷の新造しんぞうによく見かけるタイプの人であった。弟の人は痩形やせがたの色の黒い、どことなく沈鬱ちんうつな感じの人であった。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
室に入り来てまず四周ぐるりと人々を見廻し地板ゆかいたに坐り両掌を地板にせ、また諸方に伸ばして紙や麪包パン小片かけを拾い嗅ぐ事猴のごとし、この児痩形やせがたにて十五歳ばかりこの院に九年めり
人並外れて身体からだの大きい署長と、でっぷり太ったあまり人相のよくない職長と、痩形やせがたの沖田刑事との鼎坐ていざは、もしはたから見ている者があったなら、すこぶる珍な対照だったに違いない。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
身長は五尺七、八寸。色の青黒い、外国人じみた立派な痩形やせがたの紳士……あ。脅迫用の手紙を忘れて行きました。アハアハ。この電話に驚いたらしいです。アハアハアハ。……あ。そうですか。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
赤い毛をした、痩形やせがた
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
色の蒼白い、痩形やせがたの、神経質らしい男でしたが、なにしろ素直でよく働き、おまけに腕が優れているというんですから、親方にも仲間にも可愛がられていました。
怪獣 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「旦那にお上げしてくれと、痩形やせがたの綺麗な女が、これを置いて、逃げるように行ってしまいましたが」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はどちらかというと痩形やせがたで、濃い眉と、やさしい、温和な眼をもっていた。動作も言葉もものやわらかであるし、荒い声をたてるとか、人に不愉快な顔をみせる、などということは決してなかった。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
痩形やせがたの方、身のたけ尋常
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
他のひとりは町人ふうの痩形やせがたの男であった。どちらもうしろ姿を見ただけでは、それが何者であるかを知ることは出来なかった。その一刹那に長三郎はふと思い出した。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
痩形やせがたの彼は派手な縞柄の洋服をきて、帽子を深くかぶって、手には細いステッキを持っていた。
半七捕物帳:40 異人の首 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
要次郎は今年十九の、色白の痩形やせがたの男で、おせきとは似合にあいの夫婦と云つてよい。その未来の夫婦がむつまじさうに肩をならべて出てゆくのを、伯母は微笑ほほえみながら見送つた。
毎日来るので、亭主もこの女の年頃や顔容かおかたちをよく知つてゐた。彼女かれ廿二三にじゅうにさんぐらゐの痩形やせがたの女で、眉を剃つてゐる細い顔は上品にみえた。どう考へても、こゝらの百姓や町人の女房ではない。
小夜の中山夜啼石 (新字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
草履ぞうりを突っかけて二足三足あるきかけたところへ、黒紋付の羽織を着て——着物は小紋のようにおぼえている——帽子をかぶらない、五十前後の痩形やせがたの男があたかもこの茶屋へはいって来た。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼女は痩形やせがたの若い女であるらしかった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)