現身うつしみ)” の例文
孫悟空に凝って、金箍棒きんこぼう羅刹女らせつにょ芭蕉扇ばしょうせんをありありと目に見た子供は、やがて原子の姿をも現身うつしみの形に見ることが出来るであろう。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
私の健康さの全部のものを作品に捧げつくして、その残りカスが私というグウタラな現身うつしみなのだよ、と誇示し得ないこともないのである。
わが精神の周囲 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
形よりも影、体よりも光り、姿よりも匂いで、人のまみゆる方が多くなった。水にひたす影に於てこそ、もっとも女神の現身うつしみをみることができる。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ぴよぴよと啼くは雛鶏ひなどり。雀子はちゆちゆとさへづり、子を思ふ焼野の雉子きぎすけんけんと夜も高音うつ。現身うつしみの鳥の啼くのなぞもかく物あはれなる。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そうしているうちに、南郷綾麿の心もまた、少しずつではあったにしても、現身うつしみの温かい血肉を盛った、香折の可憐さに傾いて来たことも事実でした。
けれどかれは、夜も抱き、昼も抱き——抱いて、とろとろと、まどろむときは、夢のなかに現身うつしみの袈裟をみた。
けんめいに現身うつしみの若者に肖せることに熱中し、じじつそれに成功したというのに、いまは見れば見るほどその肖ていることじたいが浅間しく、自分を怖気だたせるのだ。
(新字新仮名) / 山川方夫(著)
人の現身うつしみは、あまりにも大きい歓喜の原因に堪えかねて、正反対の感覚・感情をもつのです。
それは現身うつしみの死にこそ似てゐるだらう。ナルシシスムは無理に日本語に譯せば、自己陶醉とか自惚うぬぼれとかいふことになつてしまふらしいが、本來的には畢竟、自己注視に歸する宿命をもつてゐる。
現身うつしみのうれしき糧は酒なり』とまなこにつげといふはわれなり
小熊秀雄全集-01:短歌集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
現身うつしみのもろき生命いのちの思ひつつ常のつつしみかりそめならず」
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ものなべてぎゆかむもの現身うつしみはしづかにきてありなむわれ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
めしをくはねば生きてゆかれぬ現身うつしみの世は
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
智恵子は現身うつしみのわたしを見ず
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
然し、家康の影は、彼の現身うつしみと対応せず、その凋落の跫音と差しむかひ、朝鮮役の悔恨や又諸々の悔恨の影の向ふに立つてゐた。
我鬼 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみの人のひじり現身うつしみの鳥の雀と、雀とフランチエスコと、朝夕に常かくなりき。あなあはれ、世のつねの事にはあらずよ。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
血管のなかにはまだ夜来の酒気もそのままかおっているかのような夢中と現身うつしみの境に、彼の脳裡のうりには、南方の島々や高麗こうらいの沿海や、ゆくてに大明国だいみんこくをさしている大船列や
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うつしみは現身うつしみゆゑになげかむに山がはのおともあはれなるかも
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
私のうらぶれた現身うつしみに、影ほど好ましきものは無いのです。影は人の心であります、そして又、人のふるさとであります。
帆影 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみの人のひじり現身うつしみの鳥の雀と、雀とフランチェスコと朝夕に常かくなりき。あなあはれ、よのつねの事にはあらずよ。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
眼がさめるとまた、かえって夢よりも切実にこわ現身うつしみかえって、惻々そくそくさいなまれた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鴎等かもめらはためらひもなく今ぞ飛ぶねたくしおもふ現身うつしみわれは
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
私のインチキ小説よりも、もつと激しく、私のインチキな現身うつしみ、イノチに絶望してゐた。私は私のイノチよりも、むしろ七百枚の小説を信頼した。
かおかおと啼くは鴉、ぴよぴよと啼くは雛鶏ひなどり、雀子はちゆちゆとさへづり、子を思ふ焼野の雉子きぎす、けんけんと高音たかねうつ。現身うつしみの鳥の啼くの、なぞもかく物あはれなる。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
大詩人だの大音楽家だのと云ったって、その他人にすぐれているのは詩と音楽についてのことで、ナマの現身うつしみはそうは参らん。現身はみんな同じこと。
アッシジのひじりフランチェスコの物語。フランチェスコは雀子をしみたまひき。雀子も慕ひまつりき。現身うつしみの人にてませば、かの人もまた人のごと寂しくましき。寂しくて貧しくましき。
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
我々の現身うつしみは、道に迷へば、救ひの家を予期して歩くことができる。けれども、この孤独は、いつも曠野を迷ふだけで、救ひの家を予期すらもできない。
文学のふるさと (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
アツシジのひじりフランチエスコの物語。フランチエスコは雀子をしみ給ひき。雀子も慕ひまつりき。現身うつしみの人にてませば、かの人もまた、人のごと寂しくましき。寂しくて貧しくましき。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私の「現身うつしみ」にとつて、それが私の真実の生活であるか、虚偽の生活であるか、といふことだけが全部であつた。
いづこへ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみは生きて朝間あさまぞすずしけれ愚かなりけり死にてむなしさ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
我々の現身うつしみは、道に迷えば、救いの家を予期して歩くことができる。けれども、この孤独は、いつも曠野を迷うだけで、救いの家を予期すらもできない。
文学のふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみは生きて朝間あさまぞすずしけれ愚かなりけり死にてむなしさ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
私の「現身うつしみ」にとって、それが私の真実の生活であるか、虚偽の生活であるか、ということだけが全部であった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみの馬にてせば観世音きうすゑられてありにけるかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
現身うつしみの幸を望まず、一命を天主にさゝげ、死後の幸福を信じるからで、神の存在を信じなくてこのやうなことが出来る筈がありませうや、と見得を切つた。
鉄砲 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみの泥豚の児が啼いて居りその泥豚の児と児重なり
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
まつたくこの作者の現身うつしみは破局に身を沈めてをり、淪落のどん底に落ち、地獄の庭を歩いてゐたに相違ない。この地獄をくゞらなければ人間の傑作は書き得ないのだ。
蟹の泡 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみは春もそびら経絡けいらくに火をつづらせてかなしがるなり
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
すくなくともタクミにとってはそれが全てであるし、オレの現身うつしみにとってもそれが全てであろう。
夜長姫と耳男 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
現身うつしみのうつしごころのあはれなり。
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
そしてかかる日本の封建思想を完成せしめた孔子は実に自由人であり、永遠の現代人であり、しこうして彼の現身うつしみは保守家ではなく、反逆者であつた。彼は自由を闘つた反逆者だ。
私の小説 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
身ははやも現身うつしみはなし
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
自分の死後の私などに何の夢もたくしていなかった老人に就て考え、石がその悲願によって人間の姿になったという「紅楼夢こうろうむ」を、私自身の現身うつしみのようにふと思うことが時々あった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
人間の現身うつしみなどはタカの知れたものだ。深刻ぶらうと、茶化さうと、芸術家は芸術自体だけが問題ではないか。誰だつて、無名よりは有名がよからう、金のないより、有る方がよい。
大阪の反逆 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
人間の現身うつしみなどはタカの知れたものだ。深刻ぶろうと、茶化そうと、芸術家は芸術自体だけが問題ではないか。誰だって、無名よりは有名がよかろう、金のないより、有る方がよい。
舞台の上に新しく生れた一人物になりきって、己れの現身うつしみを捨てきらねばならぬ。舞台の芸術はそういうものだが、異性に扮することは、すでに出発からそのタテマエに沿うているのだ。
芸術が現身うつしみに負けることが、私はどうにもやりきれない。私は現実を殺したい。
手紙雑談 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
私の現身うつしみが休みたいといふのではない。ちやうど墓と同じやうに私の死後が休みたいのだ。そのやうに私はもはや無気力だ。私は現身を希つてゐない。むしろ自然に希ふことができないのだね。
彼女が私の現身うつしみに見出し、見すくめ、意地わるくその底までもシャブリつゞけていたものは、私が見つめていた彼女の女体よりも、もっと俗世的な、救いのないものではなかったかと私は思った。
三十歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
要するにナマの写実やナマの現身うつしみは芸ではないと云っても、それは人間についてのことで、二人の人間が馬の着物をかぶって一匹の馬になったツモリらしくシャン/\と鈴をならして現れる怪物は