無疵むきず)” の例文
どうかすると、その街が何ごともなく無疵むきずのまま残されること、——そんな虫のいい、愚かしいことも、やはり考え浮ぶのではあった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
見のがして下さりさえすりゃあ、この娘を無疵むきずで、このまますんなりお返し申すんでございますが、いかがなもんでござんしょう
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あの辺は小鳥の多いところで、私は吹矢を使って飛んでいる小鳥の羽根をい、無疵むきずのままで生捕りにする修業を積みました。
そして其角は江戸名所のうち唯ひとつ無疵むきずの名作は快晴の富士ばかりだとなした。これ恐らくは江戸の風景に対する最も公平なる批評であろう。
ヨブもとよりおのれを以て完全無疵むきずとはしない。しかしながらこのたびの災禍わざわいがある隠れたる罪の結果なりとは、彼において全然覚えなき事であった。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
九州に窯は沢山ありますが、おそらくこの日田の皿山ほど、無疵むきずで昔の面影を止めているところはないでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ここも今代の工芸美術の標本でありまた一般の趣味好尚こうしょうの代表である。なんでもどちらかと言えばあらのない、すべっこい無疵むきずなものばかりである。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
なるほど石橋スパセニア(二十歳)は無疵むきず溺死体できしたいであるが、石橋ジーナ(二十三歳)は額に盲管銃創を負っている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
次いでは甘糟の四百円、大島紬氏は卒業前にして百五十円、に又二百円、無疵むきずなるは風早と荒尾とのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
私もあなたのやうに善良で——かしこくて——殆んど無疵むきずな人間になつてゐたかも知れない。あなたのその心の平和、その澄んだ良心、そのよごれのない追憶が羨しい。
かかる中にも慌てず騒がず、彼に従ってしかもなお無疵むきずの精兵を部下に持っていたのはかの馬岱ばたいだった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おまけに二度とも機体だけが、不思議に無疵むきずのまま落ちていたといういわく付きのシロモノなんだ。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
折れた足を継ぎ、無疵むきずにして、私の守り本尊の這入っている観音のほこら(これは前におはなしした観音です)の中へ入れて飾って置きました。これは西町時代のことであります。
その実は彼等のかんがえに、緒方の書生に解剖して貰えば無疵むきず熊胆くまのいが取れると云うことを知て居るものだから、解剖に託して熊胆くまのいが出るやいなかえって仕舞たと云う事がチャンとわかったから
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
よごれものがたまって新らしい茶碗の縁が三日と無疵むきずで居たためしがないとなあ、三十九にもなって何てこったし、あまり昼、夫婦づれで、仮寝うたたねばかりしているからだなっし、貴方。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
こうやって見ると無疵むきずな人間は幸福だ、たださえ歩きにくい岩路を下りるのに、片手はまるで感覚がないのに、上からギリギリ繃帯されてるから、胸が圧されて息苦しくてたまらない
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
これは古渡こわたりの無疵むきず斑紋けらのない上玉じょうだまで、これを差上げ様と存じます……お根付、へい左様で、鏡葢かゞみぶたで、へい矢張り青磁せいじか何か時代のがございます、琥珀こはくの様なもの、へえかしこまりました
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
何の奧樣一の忠義振かと腹は立どさすがえりかき合せ店に奧に二度三度心ならずもよろこび述て扨孃樣よりと、つゝみほどけば、父親のこのみ戀人の意匠、おもとの七づゝ四分と五分の無疵むきずの珊瑚
うづみ火 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
「それじゃ今度は帝大出の無疵むきずものを持って参りましょう」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
無疵むきずものなぞ何処にあらう?
一端にわなを作つて、その罠がはさみで切られてあり、お萬の部屋から見付け出したのは、全くの無疵むきずで、心持お縫を縛つたのより古びを持つて居ることでした。
わが信仰の純正とわが行為の無疵むきずとにたのむ、これ何の時にもあるオルソドクシー(いわゆる正統教)である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
……しかし、茶盌ちゃわんでも、あまり無疵むきず風情ふぜいがない。たれにも一癖ひとくせはあるものよ。それも凡物の大疵おおきずは困りものだが、藤吉郎ほどな男は、数ある男のうちでまず少ないうつわだろう。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その他の足袋の底と着物の裾に、すこしばかり泥が附いているだけで、轢死体れきしたいとしては珍らしく無疵むきずな肉体が、草の中にあおのけに寝て、左手ゆんではまだシッカリと前裾を掴んでいた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
左側の眼蓋まぶたの上に出血があったが、ほとん無疵むきずといっていい位、怪我けがは軽かった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
かく無疵むきずなる聖賢を造り出だすべきや、なんらの教育を施せばかく結構なる民を得べきや、唐人も周の世以来しきりにここに心配せしことならんが、今日まで一度も注文どおりに治まりたる時はなく
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「私も増屋佐五兵衛だ、いかにも百両出しましょう。無疵むきずのままで、あの茶釜が手に入ったら」
……前代未聞の恐ろしい殺人事件のあった家……四人の無疵むきずの死骸に護られたへや……その四人を殺した不可思議な女の霊魂の住家……奇蹟の墓場……恐怖のへや……謎語めいごの神殿……そんな感じを
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
堺の町人は、歡喜天は欲しいが、兩體とも揃つて、無疵むきずのまゝでなければいけない——とう申します。御存じの通り女體の方は、額の夜光石をゑぐり取られて居ります。
「ところが、小艶のこめかみに突つ立つた吹矢の羽根は、無疵むきずの美濃紙で、喰ひ切つた跡もなく紅も附いちやゐません、——役所で見せて貰つたんだから、こいつは間違ひありません」
「何だ、無疵むきずの身体じゃないか、色が白いだけじゃ通用しねえ、退いた退いた」
「ところが、小艶のこめかみに突っ立った吹矢の羽根は、無疵むきずの美濃紙で、喰い千切った跡もなく紅も付いちゃいません、——役所で見せて貰ったんだから、こいつは間違いありません」
「何だ、無疵むきずの身體ぢやないか。色が白いだけぢや通用しねえ、退いた/\」
「先を言つちやなほいけねえ、——飴色の無疵むきず龜甲べつかふの櫛、少し大振りなところを見ると、金のありあまる年増か女房の持ち物だ。——馬の爪で拵へたまがひ物と違つて、あれは安い代物しろものぢやねえ」