しとや)” の例文
まことにしとやかな人で、道で逢うと僕などにも常にやさしく会釈を給わるのでね、僕は日頃そぞろ敬慕の情禁じ難きものがあったのだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
なにしろしとやかで底がしっかりもので恵み深い夫人だったそうですから。ではなぜ父がわたくしの母のようなものを別に持ったのでしょうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
娘は疊んだ浴衣ゆかたを置いて、之れとお着かへになりませと言つた。そして暫時手持無沙汰にしてゐたが、またしとやかに立ち去つた。
少年の死 (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
日光室のガラスの中では、朝の患者たちがとう寝椅子ねいすに横たわって並んでいた。海は岬に抱かれたまましとやかに澄んでいた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と、御叩頭おじぎをして、二人の前へ、茶を置くと、しとやかに出て行った。茶室好みの小部屋へは、もう夜が、隅々すみずみへ入っていて、沁々しみじみと冷たさがんだ。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
恋も結婚も嫉妬しっとも競争も、全然ないとは云われない。ただこの町ではそれらのものが、上品にしとやかに行われるのである。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
家兄にいさん、小田原の姉様ねえさんが参りました。」としとやかに通ずる。これを聞いて若主人は顔を上げて、やや不安の色で。
恋を恋する人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
悲しげに沈黙した茂太郎は、与えられた絵の本をしとやかに受取って、畳の上へ置いて一枚一枚と繰りひろげます。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
清子は茶を薦め菓子を薦めつゝ唯しとやかに、口數は少なかつた。そして男の顏を眞正面には得見なかつた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
集合電燈シャンデリアの華やかな昼のやうな光の下に五百人を越す紳士とその半分に近い婦人とがしとやかに席に着いた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
標札を見上げていたので、来訪者と思ったのか、しとやかに会釈えしゃくをするのだった。二重に慌てた僕は
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかし彼女等はその眞實な、天性のしとやかさをもつて何も論議しなかつた。たゞダイアナが、私に、旅行が出來る位に確かに身體の工合はいゝのかとたづねた許りであつた。
と千浪へ合図をすると、千浪は足取りもしとやかに、背を屈めて、その駕籠の中へ下りる。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しとやかにもなるのは自然で、詐欺師と豪奢な生活をし、またぜイタクの反面、ホテルの支払いに苦しんだり、一仕事企んで切りぬけたりしていれば、それ相当の女らしくなるのも当然。
玄関の障子を静に開けて丸髷の初々した二十二三の美人が、しとやかにお辞儀をした。
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
活溌な婦人よりも優しいしとやかな女が好きでした。眼なども西洋人のように上向きでなく、下向きに見て居るのを好みました。観音様とか、地蔵様とかあのような眼が好きでございました。
思い出の記 (新字新仮名) / 小泉節子(著)
婦人は、余計な遠慮をせず、しかし決してしとやかさを失わずに、そのままそこに示された椅子に腰を下ろすと、赤青あかあおのきれいなハンドバツグを膝におきながら、その上に軽く両手をのせた。
殺人鬼 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
彼女は全くの独り暮しで、格別たのしみもない代りに大したくるしみもなく、そうした果敢はかない職業しょうばいにも拘らず、ごく自然な従順さとしとやかさをもっていた。だから誰一人彼女を蔑む者もなかった。
フェリシテ (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ブーシェの小さな薔薇ばら色のしり、ワットーの肥満したあご、グルーズの、退屈そうな羊飼いや、コルセットの中にしめつけられてる太った羊飼いの女、よくね上げられた魂、しとやかな流し目
中の間なる団欒まどゐ柱側はしらわきに座を占めて、おもげにいただける夜会結やかいむすび淡紫うすむらさきのリボンかざりして、小豆鼠あづきねずみ縮緬ちりめんの羽織を着たるが、人の打騒ぐを興あるやうに涼き目をみはりて、みづからしとやかに引繕ひきつくろへる娘あり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
初子は物慣ものなれた口ぶりで、彼女を俊助に紹介した。辰子は蒼白いほおの底にかすかな血の色を動かして、しとやかに束髪そくはつの頭を下げた。俊助も民雄の肩から手を離して、叮嚀ていねいに初対面の会釈えしゃくをした。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
芝居の御腰元の外には見たこともないやうな、しとやかな女中が姿を隱すと
如何いかにもしとやかで跫音あしおとやわらこうございました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
集合電燈シャンデリアの華やかな昼のような光の下に五百人を越す紳士とその半分に近い婦人とがしとやかに席に着いた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はその挨拶に應じるやうな、しとやかさも優雅さも返すことが出來なかつたらうから。しかしひどい氣紛きまぐれであつかはれたので、私もお義理な氣持に縛られなくて濟むのであつた。
と貞子夫人は至ってしとやかにねる。植木屋は御主人のところへ罷り出て
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
芝居の御腰元の外には見たこともないような、しとやかな女中が姿を隠すと
イィシュトン夫人と三人のお孃さま——ほんとにおしとやかなお孃さま方ですの。それから御立派なイングラム家のブランシュさまとメアリイさまは多分一番お美しい方たちでせうねえ。
しとやかに手をついた。これまでは礼式で、それから後は情愛である。
好人物 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
さうしたしとやかな妻の態度に接すると、信一郎は可なり、心の底に良心の苛責を感じながらも、しかも今迄は可なり美しく見えた妻の顔が、平凡に単純に、見えるのをうともすることが出来なかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そうしたしとやかな妻の態度に接すると、信一郎は可なり、心の底に良心の苛責かしゃくを感じながらも、しかも今迄は可なり美しく見えた妻の顔が、平凡に単純に、見えるのをうともすることが出来なかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)