油煙ゆえん)” の例文
私は、食事も何も忘れて、油煙ゆえん臭い押入れの中で、不思議なせりふをつぶやきながら、終日幻燈の画に見入っていることさえありました。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
油煙ゆえんがぼうつとあがるカンテラのひかりがさういふすべてをすゞしくせてる。ことつた西瓜すゐくわあかきれちひさなみせだい一のかざりである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
小池こいけは窓の外ばかり眺めて、インヂンから飛び散る石油の油煙ゆえんにも氣がつかぬらしく、唯々たゞ/\乘り合ひの人々に顏を見られまいとしてゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
かみさんや娘は、油煙ゆえん立つランプのはたでぼろつぎ。兵隊に出て居る自家うちの兼公の噂も出よう。東京帰りに兄が見て来た都の嫁入よめいりぐるまの話もあろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
まだ少しあかるいのに、青いアセチレンや、油煙ゆえんを長く引くカンテラがたくさんともって、その二階には奇麗きれいな絵看板がたくさんかけてあったのだ。
黄いろのトマト (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
鬼の国から吹き上げる風が石の壁のを通ってささやかなカンテラをあおるからたださえ暗いへやの天井も四隅よすみ煤色すすいろ油煙ゆえん渦巻うずまいて動いているように見える。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
気候はいやにはだ寒くなつて、折々をり/\勝手口かつてぐち破障子やぶれしやうじから座敷ざしきの中まで吹き込んで来る風が、薄暗うすぐらつるしランプの火をば吹き消しさうにゆすると、度々たび/\、黒い油煙ゆえんがホヤをくもらして
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
薬師様が近くなると、ぞろぞろと人が続いて、あたりにはカンテラの油煙ゆえんが立昇ります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
かんてらから黒い油煙ゆえんが立っている、その間を村の者町の者十数人駈け廻わってわめいている。いろいろの野菜が彼方此方に積んで並べてある。これが小さな野菜市、小さな糶売場せりばである。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
前に葦簾あしすだれが立ててあって中の半分は見えない、今カンテラに火をつけて軒口のきぐちに吊った所で、油煙ゆえんがぽっぽと立つ 低いかやのきへ火がつきやしないかと思われる、卵や煮肴にざかなやいろいろの食物が
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
つひにはそれが一つにつて山々やま/\所在しよざいくらまして、末端まつたん油煙ゆえんごとそらむかつて消散せうさんしつゝあるやうにはじめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
折々勝手口の破障子やぶれしょうじから座敷の中まで吹き込んで来る風が、薄暗いつるしランプの火をば吹き消しそうにゆすると、その度々たびたび、黒い油煙ゆえんがホヤを曇らして、乱雑に置き直された家具の影が
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
八幡横手の阪道から、宮裏みやうらの雑木林をかけて、安小間物屋、鮨屋すしや、柿蜜柑屋、大福駄菓子店、おでん店、ずらりと並んで、カンテラやランプの油煙ゆえんを真黒に立てゝ、人声がや/\さわいで居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
われうつかりして、そうれえつちまあぞ」勘次かんじ油煙ゆえんかたむいたときあわてゝおつぎのかみてゝいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
下町の女の浴衣をば燈火とうかの光と植木や草花の色のあざやかな間に眺め賞すべく、東京の町には縁日えんにちがある。カンテラの油煙ゆえんめられた縁日の夜の空は堀割に近き町において殊に色美しく見られる。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)