憶出おもいだ)” の例文
『新著百種』について憶出おもいだされるは薄倖はっこうの作家北村三唖きたむらさんあである。三唖は土佐の生れで、現内閣のバリバリで時めいてる仙石貢せんごくみつぐ親戚しんせきである。
八時を打っても、未だ奥様は御寐おやすみです。旦那様は炉辺で汁の香を嗅いで、憶出おもいだしたように少許すこし萎れておいでなさいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
お島は、最近の養家の人達の、自分に対するその時々の素振やことばに、それと思い当ることばかり、憶出おもいだせて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
跡で文三はしばらくの間また腕をんで黙想していたが、フト何か憶出おもいだしたような面相かおつきをして、起上たちあがッて羽織だけを着替えて、帽子を片手に二階を降りた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ところが、この地に着いて、偶然ふと私は憶出おもいだしたのは、この米沢の近在の某寺院には、自分の母方の大伯父に当る、なにがしといえる老僧がるという事であった。
雪の透く袖 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
それからはず無事に家へ帰ったものの、今日こんにちまで、こんな恐ろしい目に出会った事はいまだにない、今でも独りで居て偶々たまたま憶出おもいだすと、思わず戦慄するのである。
白い蝶 (新字新仮名) / 岡田三郎助(著)
で、いよいよ移居ひっこしを始めてこれに一朝ひとあさ全潰まるつぶれ。傷もいたんだが、何のそれしきの事にめげるものか。もう健康な時の心持はわすれたようで、全く憶出おもいだせず、何となくいたみなじんだ形だ。
それでもちろん私は独逸ドイツにいるそやつの双生児ふたご兄弟を憶出おもいだして、それから手がかりをたどって——
その女のはなしに、ある時、その女が自分の親友と二人遠く離れて居て、二人の相互の感情がかようものか、如何どうか、一つ実験をしようと、ぜんもって約束をして、それからのち、おたがい憶出おもいだした時
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
不思議なことに、名前は、何一つ、人の名も所の名も物の名も、全然憶出おもいだせない。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
近時は鴎外(のみならず他の文壇の友人)とも疎縁となって、折々の会合で同席する位に過ぎなかったが、それでも憶出おもいだせば限りない追懐がある。
鴎外博士の追憶 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
他人の中に育ってきたお蔭で、誰にもかゆいところへ手のとどくように気を使うことに慣れている自分が、若主人のせなかを、昨夜も流してやったことが憶出おもいだされた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それをこうして居れば未だ幾日いくかごろごろして苦しむことか知れぬ。それにつけても憶出おもいだすは母の事。
かと思うとフト口をつぐんで真面目まじめに成ッて、憶出おもいだしたように額越ひたえごしに文三の顔をながめて、笑うでも無く笑わぬでもなく、不思議そうな剣呑けんのんそうな奇々妙々な顔色がんしょくをする。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
憶出おもいだせばこの琴はまだわたしが先生の塾にった時分何時いつぞや大阪おおさかに催された演奏会に、師の君につれられて行く時、父君ちちぎみわたしの初舞台のいわいにと買いたまわれたものだ、数千すせん人の聴客をもって満たされた
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
私は柏木のことばかり思続けました。流行謡はやりうたを唄って木綿機もめんばたを織っている時、旅商人たびあきんどおさを賞めて通ったことを憶出おもいだしました。岡の畠へ通う道々妹と一緒に摘んだ野苺のいちごの黄な実を憶出しました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幸田露伴こうだろはんはかつて『浮雲』を評して地質の断面図を見るようだといったが、『其面影』は断面図の代りに横浜出来の輸出向きの美人画を憶出おもいださせた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お島はそんな時、恩人の子息むすこで、今アメリカの方へ行っているという男のことなどを憶出おもいだしていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と不図何か憶出おもいだして我と我に分疏いいわけを言て見たが、まだ何処どこかくすぐられるようで……不安心で。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
むかしの幸福。今の苦痛……苦痛は兎角免れ得ぬにしろ、懐旧の念には責められたくない。昔を憶出おもいだせば自然と今の我身に引比べられて遣瀬無やるせないのは創傷きずよりも余程よッぽどいかぬ!
老込んだ証拠には、近頃は少し暇だと直ぐ過去を憶出おもいだす。いや憶出おもいだしても一向憶出おもいだばえのせぬ過去で、何一つ仕出来しでかした事もない、どころじゃない、皆碌でもない事ばかりだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
孔雀くじゃくが豚を道連れにするエソップにでもありそうな図が憶出おもいだされた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と昔を憶出おもいだして塚原老人はカラカラと笑った。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)