惻々そくそく)” の例文
十節以後の痛切深刻なる悲哀の発表を見よ。その辞惻々そくそく読む者の心をうたねばやまぬ。人の弱さとしてこれ実にやむを得ないのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
ことによるとそのあとで、「竜華寺りゅうげじもうずるの記」くらいは、惻々そくそくたる哀怨あいえんの辞をつらねて、書いたことがあるかもしれない。
樗牛の事 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
おさえ抑えている葉子の気持ちが抑えきれなくなって激しく働き出して来ると、それはいつでも惻々そくそくとして人に迫り人を圧した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
日頃の主君に徴しても、いかにここまでの統業を半途なかばにして世を去ることの残念であったかをも、惻々そくそく胸にむことが出来た。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかもそれは、一寸だめし五分だめし、歌舞伎かぶき芝居の殺し場そっくりの、あのいやらしい、陰惨な、惻々そくそくとして鬼気の身に迫るものであった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
全体として何処にも目立つようなところが無く地味で、しかも惻々そくそくとして人に迫って来る力を感ずる。作者は凡手でない。
本邦肖像彫刻技法の推移 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
近いうちにこの切先が、私の手の内で何人かの血を吸うであろう……と思うと一道の凄気せいき惻々そくそくとして身に迫って来る。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
戦争が勝つとか敗けるとかよりも、戦争が当然にもたらすであろう戦争の悲惨事については、中野君のヒューメンな心が惻々そくそくと動いたからである。
如水の熱弁真情あふれ、和談の使者の口上を遠く外れて惻々そくそくたるものがあるから、かねて和平の心が動いてゐた氏政は思はず厚情にホロリとした。
二流の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
カルーソーの民謡には、少しばかり叫び過ぎるにしても、一種素朴な良さがあり、その望郷の念に彩られた美しさが、惻々そくそくとして人に迫るものがある。
自分はそうは思わない。惻々そくそくたる感情の流露を問題とするならば、徳川初期の小唄類の方がはるかに優れている。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
人でも、物でも、長く甲羅こうらをへたものは、一種の妖気ようきといったようなものが備わって、惻々そくそく人にせまる力がある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「物念へかも」は疑問の「かも」である。そう大した歌でないようでも、惻々そくそくとした哀韻があって棄てがたい。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
そしてこの日記はこの乱れを見せたままに終わっているが、死を遂げるまでの女主人公の運命が行間を伝わり字間を伝わって、惻々そくそくとして私の胸を打ってきた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
又これこそ彼らの新たな戦場にほかならぬ——と、問わず語りに胸にひびく惻々そくそくたるものもあったのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
何故かしら惻々そくそくと胸の中を伝わって来る悲しみを覚える。彼は何かに取り憑かれたようにつかつかと支械の傍へ進んで一枝を取り上げじいっと思いをこめて見上げた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
十年前臨終りんじゅうとこで自分の手をとり泣いて遺命いめいした父の惻々そくそくたる言葉は、今なお耳底じていにある。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
同じ夜に、南条、五十嵐の二人は、この場へかけつけて、とある商家の軒に隠れて、その白昼を欺く月光の下に、惻々そくそくとしてこの活劇を手に取る如く逐一見ていたものらしい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「イヤ、もらう気はしない、先妻が死んで日柄ひがらが経たないうちに、どんな美人があるからッて後妻を貰う気になれるかい、」と喪くなった醜い犬を追懐して惻々そくそくの情に堪えないようだった。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
残忍な粋人の感情だ。妻に侮辱と嘲笑とに価する特色を発見出来るようになって始めて惻々そくそくたる憐れみと愛とが蘇るというのだ。淋しくしみ/″\と妻を抱きしめる気持になれたのだ。何たる没情。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その一言にこめられた複雑なおもいが俺に惻々そくそくと迫ってくる。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
その真気の惻々そくそくとして人を動かすを知るべし。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
と、思うたびに、惻々そくそくと胸のつまる心地がするのは、むしろ骨肉でなくて、岡崎の城に、年来、貧窮と屈辱に耐えている家臣たちの身であった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、この未成品、すでに惻々そくそくと人に迫る力をもっているのは、やはり、作阿弥の作阿弥たるゆえんであろう。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
パデレフスキーのように、末段を劇的に演奏し過ぎることなしに惻々そくそくとして人に迫る雰囲気をかもしている。
その惻々そくそくとして悲しい声の中に、菩提樹の念珠を手頸にかけた丈艸は、元の如く静に席へ返つて、あとには其角や去来と向ひあつてゐる、支考が枕もとへ進みよつた。
枯野抄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
慈愛をかくして峻烈しゅんれつ不肖ふしょうの子を叱りながらもどこやらに惻々そくそくと悩んでいる厳父のこころがいたましい強さで、(かまいつけるな)といってある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惻々そくそくとしてそびらに迫り、一面一曲を聴き了って、私は額に滲み出した冷たい汗を拭くばかりであった。
阿修羅王あしゅらおうのごとく狂い逆上した左膳が、お藤の手をねじあげて身体中ところ嫌わず踏みつけるその形相ぎょうそうに! 思わずぎょっとしてしりごみしていると、陰にふくんだ声が惻々そくそくとして洩れてきた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
訥々とつとつと、痛心を吐く言葉には、どこか迫るものがあって、同じように、主家の崩壊ほうかいに立っている藤左衛門は、敵の民とはいえ、惻々そくそくと、情に於て、共に
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惻々そくそくとして胸を打つ声。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ことにまた、ご自身に、お疑いのかかるような後ろぐらい行状があれば、なんで、情痴じょうち惻々そくそくと打つような恋歌などを、歌会の衆座になど詠みましょうか。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何といおうか。この深い霧のながれの真白な闇が、惻々そくそくとわが陣営の上にそれを告げ迫っている心地がする。……そうだ、やはり兵馬のうごきだ。豊後ぶんごっ、豊後
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もとより声に出してはいえなかったが、彼女の一滴一滴の涙と、濡れた睫毛まつげと、物いえぬ唇のわななきは、言葉以上に、惻々そくそくと、呂布の胸へ、その想いを語っていた。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを思えば、ここのお景色も見ておられませぬ。何がめでたいやら、この稲葉城には、惻々そくそくと、滅亡の影が這い寄って来るここちで、それがしなど、酔いもいたしませぬ
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に、彼の人生観へも惻々そくそくと二月の東風こちのように冷たい息吹きをかけられた心地がした。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眼がさめるとまた、かえって夢よりも切実にこわ現身うつしみかえって、惻々そくそくさいなまれた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惻々そくそくと、おのれの明日あしたが考えられてくるのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惻々そくそくと懐しさを感じるのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
惻々そくそくと、胸をいたくしてくる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)