孜々しし)” の例文
幼少の時、剣槍けんそう男谷おたにの道場へ、後に九段の斎藤弥九郎の練兵館にみがき、学問はいう迄もなく、孜々ししと毎日三田の塾まで通っている。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は生れながらにして何も知っている者ではない。古聖の道を好んで、ただ孜々ししとして求めて倦まないものだ。」とか
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
孜々ししとして読書している青年たちを見ると、あの中から世を驚かす未来の天才が出てくるのであろうかと心強い気がする。
お前は平安の都に残って、孜々ししとして勉学にはげみ、立派な学者となる。私は東国の任地におもむき、武を練り、人格を磨いて、立派な武人となる。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
上村の奥の林の中では、明暦義党の人々や、青塚郷の人々が、なお孜々ししとして立ち働き、小屋がけに力をつくしていた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子女たるものは、父母の訓誨にしたがっ孜々しし勉励、成長の後、独立自尊の男女として世に立つの素養を成すきものなり。
修身要領 (新字旧仮名) / 福沢諭吉慶應義塾(著)
なほも孜々しし机にのみ倚りかかる。不性を咎むる奥様のなく、三も大勢の書生様の噂、一々身に引受けむ暇のなければ、幸いに女性の崇りはなけれど。
誰が罪 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
丘数夫は折りふし、孜々ししとして机の上に拡げた学位論文にペンを走らせていたが、課長の姿を認めると、ペンを留めて元気よく声をかけたのだった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
孜々ししとして蜘蛛の研究に没頭して、研究室のなかに百にあまる飼育函をおき、数かぎりなき蜘蛛の種類をあつめ、熱心に蜘蛛の習性その他を観察した。
蜘蛛 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
寧ろ極めて大言壮語的ならざる作家の孜々ししたる日々夜々の生活者としての成長に期さなければならないということは、実に深い意味を含んでいると思う。
遠い願い (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その兇器とは、今さら言ふまでもないことだが、彼が戰時ちゆう孜々ししとしてぎつづけた美といふ匕首であつた。
天下の富をたもつ者はちんなり、天下の勢力をたもつ者も朕なり、と堂々宣言のある日まで、日本は主として女帝によつて孜々ししとして経営がつゞけられてゐた。
道鏡 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ただ孜々ししとして天性好きな植物の研究をするのが、唯一の楽しみであり、またそれが生涯の目的でもある。
いかにも、僕が孜々ししとして掘り出した「自我」と名づけ「精神の肉体」と名づけるものは純潔であった。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
おのが生の道筋を気長に孜々ししとして掘っている同類の人々とも、接触することがなくなった。勝手は悪いがそれでも面白くなくもない異なった世界へ、陥ってしまった。
為山氏は調子に乗つて画く、調子乗らざればいつまでも画かず、不折君は初より終まで孜々ししとして怠らずに画く。これらの相異枚挙にいとまあらず。(二人相似の点もなきに非ず)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして、その刹那から人知れず孜々ししとして、更生の準備にとりかゝりつゝあるのを見よ。
名もなき草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨と雪と月光とまた爛々たる星斗せいとの光によりてたださへ淋しき夜景に一層の閑寂かんじゃくを添へしむるは広重の最も得意とする処なり。北斎の山水中に見出さるる人物は皆孜々ししとして労役す。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
これ、余が生を宗教界にうけながら身を教育界に投じ、日夜孜々ししとして国恩の万一に報ぜんとするゆえんなり。しかるに世人の教育、宗教をまつゆえんのもの、余うらみなきあたわず。
老婦人のそばにもまた、一人の店員が孜々ししとしてかしずいている。もう一つのテエブルには、鳥打帽をかぶって木のパイプをくわえたなり、一人のイギリス人がぞんざいに座を占めている。
神の剣 (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
世界が彼の名声を忘れずに大切にしているのは当然である。彼の名声は暴力や流血の行為によってあがなわれたのではなく、孜々ししとして楽しみをひとびとに分けあたえたためのものだからだ。
爾来こゝに、孜々ししとして仁術を続け、貧民の施療、小児の種痘なぞ、其数も夥しいものになった。家も相応に富んだ。五男二女、孫も出来、明治三十四年には翁媼おうおんともに健やかに目出度金婚式を祝うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
司馬遷しばせんはその後も孜々ししとして書き続けた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
秀吉の場合は、この平凡な道理に従って、常時、戦のない日でも、それを戦務と政略に、孜々しし、心がけて来ている結果のものなのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その代り押しつけられた事柄を彼等独特のずるさによって処理しておるので、そしてその受身のずるさが、孜々ししとして、日本の歴史を動かしてきたのであった。
続堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
人をそねみ人をにくみて、たがいに寸分の余地をのこさず、力ある者は力をつくし、智恵ある者は智恵をたくましゅうし、ただ一片の不平心を慰めんがために孜々ししとして
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
孜々ししとして鼻息をうかがっているものなのだそうであるが、リオンスはそういう皮肉そうな言葉づかいでとりもなおさず自身の事大主義的な性根を暴露しているのである。
近頃の話題 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
木を伐る者、それを削る者、杭を打つ者、柱をたてる者、地をならす者、穴を掘る者、男も女も子供も老人も、孜々ししとしてそうして嬉しそうに、疲労を恐れずに働いていた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
孜々ししとして東京市の風景を毀損きそんする事に勉めているが、幸にも雑草なるものあって焼野の如く木一本もない閑地にも緑柔き毛氈もうせんべ、月の光あってその上に露のたま刺繍ぬいとりをする。
学者は死ぬる間際まで、すなわち身心が学問に役立つ間は日夜孜々ししとしてその研鑽を続けねばならない義務と責任とがある。畢竟それが学者の真面目で学者の学者たる所以ゆえんはそこにある。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの残した数々の作品。——絵画に、建築に、科学に残した業蹟は、彼が孜々ししとして励んだ、ある偉大なる精神の仕事の途上に撒かれた、その一部の細片にすぎない」
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
而して六年間孜々ししとして吾巣を構えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ここの人々がつねの如く孜々ししとして汗と泥にまみれていると、すぐそばの街道を、昼酒に酔って、ふざけながら通りかけた三人の浪人者が
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その代り押しつけられた事柄を彼等独特のずるさによって処理しておるので、そしてその受身のずるさが、孜々ししとして、日本の歴史を動かしてきたのであった。
堕落論〔続堕落論〕 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
田舎の天地を孜々ししとして推移させて行く自然の力と、自分と佃とを支配した生存の力とを結びつけ、身に沁みて感じた。自分という一人の女性のうちにあるいろいろな欲望や本能。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
っておけば、帰着は明白だ。町奉行の失脚——自己の滅亡。わかりきっているその事を、今や、かれはかれ自身の手で、孜々ししとして、急いでいる。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
孜々ししとして勉学する、孜々として勉学する、ここに無限のものがあります。
嗚呼季節に向つて孜々ししとして歩きださずにゐられない嗚呼生けるものの嗚呼泪ぐましい意志に打たれて、人々は嗚呼と驚きの叫びを放ちます。その芽をとつて食卓に供へた夜の嗚呼賑やかさ。
とにかく孜々ししとして鈍才にむち打ち、聖護院の御内みうちから少しは頭角を出して、播磨公はりまのきみ弁円といわれるまでになったのだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これから私は毎日午後すこし早めにそちらへ行って、かえって来てゆっくり休んで、夜は孜々ししとして勉強します。楽しい心持です。そういう心持で、きのう省線の定期(半年)を買いました。
日本は主として女帝によって孜々ししとして経営がつづけられていた。
道鏡 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
当時の沢庵は、未来の鋒鋩ほうぼうを蔵しつつ、まだ泉州堺大安寺だいあんじの文西西堂について、学徳の切磋せっさ孜々ししたる頃であった。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人が孜々ししとして開拓しかけた面積などは、なんの跡形も残していない。大きな石ころと、一面の砂利であった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全身の血とぎらん草の汁をしぼって、かれが孜々ししと書きつづっていたものは、もうどの辺まで進んでいるか?
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世をあげて戦い、或いは孜々ししと働いている中に、ひとり閑逸かんいつむさぼるためにのみし澄ましている者あれば、それは茶避さひ茶懶さらいの徒とも申すべきか、信長は感心せぬ。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
筆生ひっせいだけでも十余名が、机をならべて、孜々しし、旧記を抜抄ばっしょうしたり、原稿の清書にあたったりしていた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いま田宅を彼らに返し、業を励ませば、たちまち賦税ふぜいも軽しとし、国のために、いや国のためとも思わず、ただ孜々ししとして稼ぎ働くことを無上の安楽といたしましょう。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
葛城かつらぎへわけ登り、諸国の大山だいせん経巡へめぐって、えん優婆塞うばそくが流れを汲み、孜々ししとして、修行に身をゆだねてきたが、それでもまだ聖護院の役座にさえ登れず、旅山伏の弁海が
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、田に帰ればまた、黙々と田を耕し、町へ帰ればまた、孜々ししとして、小屋を建てた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひと頃の十分の一にも人手は減ったが、ふしぎな事には、その一屯ひとたむろの人数には、何の動揺も見えないのみでなく、かえって、孜々ししとして夕方も暗くなるまで働いている様子があった。
(新字新仮名) / 吉川英治(著)