刺子さしこ)” の例文
しのつく雨の中を、消防組の連中が刺子さしこを頭からスポリと被ってバラバラと駈けだしてゆくのが、真青な電光のうちにアリアリと見えた。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
刺子さしこ絆纒を着て、肩に長大なヤスを担いでくる。ヤスは、長さ二間半からある竹竿の先きに、鉄製の大きくて岩丈な叉手がはめてある。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
白い鵞のゐた瀦水、周圍の清らかな堀割、泉水、すべてが酒となつて、なほ寒い早春の日光に泡立つては消防の刺子さしこ姿の朱線に反射した。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
女はびっくりしたように立ち上って、眼を五郎にえたまま、刺子さしこをしぼり始めた。刺子はまだ汚れはとれていなかった。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
栄二は刺子さしこの布切を当てた肩に担ぎ、両手で押えてあるいていると、うしろから才次が来て、両手で背中を突きとばした。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その前夜、東京に夜間の焼夷弾しょういだんの大空襲があって、丸山君は、忠臣蔵の討入うちいりのような、ものものしい刺子さしこの火事場装束で、私を誘いにやって来た。
酒の追憶 (新字新仮名) / 太宰治(著)
と、云って、真綿入りの肌襦袢、刺子さしこの股引、それから立って行って、腹巻に、お守札の縫込んだのを出してきて
寛永武道鑑 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
足袋たび藁靴わらぐつを足に用いるのは言うを俟たない。足袋にはしばしば美しい刺子さしこをする。藁靴の出来も形もまたいい。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その群衆を縫うようにして、刺子さしこ姿の兄いたちや、団服に身をかためた青年団員たちが、右往左往しているのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
半蔵らが橋のたもとまで急いで行って見た時は、本所方面からのとびの者の群れが刺子さしこの半天に猫頭巾ねこずきんで、手に手に鳶口とびぐちを携えながら甲高かんだかい叫び声を揚げて繰り出して来ていた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「サテ、おつぎはと——こけが刺子さしこをさかさまに着て、火事へかけだすところ!」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
平次はめんに附いた、刺子さしこきれにさはつて、何氣ない調子でそんな事を言ひます。
黒縮緬くろちりめんひともん羽織はおり足袋たび跣足はだしをとこ盲縞めくらじま腹掛はらがけ股引もゝひきいろどりある七福神しちふくじん模樣もやうりたる丈長たけなが刺子さしこたり。これは素跣足すはだし入交いりちがひになり、引違ひきちがひ、立交たちかはりて二人ふたりとも傍目わきめらず。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小さな連雀れんじゃくのようなものを背に負い、身には刺子さしこのどんつくの縞目も見えぬものを着ふくれて、まるでエスキモーの奥さまのようなのが六、七人、何やらがやがやと話をして船を下りて行く。
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
多くは紺絣こんがすり細袖ほそそでの着物を着、これに股引ももひきをはき前掛をかける。時としてこれらのものに刺子さしこを施すのをよろこぶ。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
たらいの中にあるのは、厚ぼったい刺子さしこである。女は五郎を無視して、しきりに手を動かしていた。女の顔や手や足は、日焼けして黒かった。ぶつぶつ呟いている。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
よごれの無い印半纏しるしばんてんに、藤色の伊達巻だてまきをきちんと締め、手拭いをあねさん被りにして、こん手甲てっこうに紺の脚絆きゃはん、真新しい草鞋わらじ刺子さしこの肌着、どうにも、余りに完璧かんぺきであった。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は頭巾付きの刺子さしこを着ていたが、その頭巾をはねながら上り框へ片足をかけた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たつのやつア走りながら刺子さしこを着て、もう行っちめえやがった。はええ野郎だ」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
みぞれ蕭々しと/\降りそゝいで居た。橇曳は饅頭笠まんぢゆうがさを冠り、刺子さしこの手袋、盲目縞めくらじまの股引といふ風俗で、一人は梶棒、一人は後押に成つて、互に呼吸を合せながら曳いた。『ホウ、ヨウ』の掛声も起る。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
随分大きなのもありますが、紺の布を長方形の袋にって、これに白の木綿糸で刺子さしこをする風習です。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
浅草あさくさ竜泉寺りゅうせんじの横町からかけつけた、トンガリ長屋の住民ども、破れ半纏はんてんのお爺さんやら、まっ裸の上に火消しの刺子さしこをはおった、いなせな若い者や、ねんねこ半纏で赤ん坊をしょったおかみさん
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やがてこのざわめきのなかに、浅黄刺子さしこの稽古着に黒塗くろぬり日の丸胴をつけた諏訪栄三郎が、多勢の手で一隅から押し出されると、上座の鉄斎のあから顔がにっこりとして思わず肩肘かたひじをはって乗り出した。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)