他目よそめ)” の例文
突き放され、突き放され、またのたりつく有様は他目よそめには滑稽こっけいでもあるけれども、その当人は名状し難い苦しみにもがいているのです。
四畳の座敷に六人がいる格で一ぜんのお膳に七つ八つの椀茶碗わんぢゃわんが混雑をきわめてえられた。他目よそめとは雲泥うんでいの差ある愉快なる晩餐ばんさんが始まる。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
そして、しめやかな通夜を他目よそめに見て——俺は、生活と夢を一致させるために死んだのだ——とおっしゃりたかったに相違ありませんわ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
……その野西という美男の若侍は、今日こんにちまでも蔵元屋の騒動を他目よそめに見た白々しい顔で、鶴巻屋に泊っておりまする筈。
何を待つかと他目よそめには思われるようなその婦人の姿を窓の下に見つけたことは、一層岸本の心を異郷の旅らしくさせた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「妻子には恨まれても、宗門の滅却めっきゃく他目よそめに見てはいられない。城や一族は捨て去るとも、人の道は捨てられぬ」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに受持以外に課外二時間づつと来ては、他目よそめには労力に伴はない報酬、いや、報酬に伴はない労力とも見えやうが、自分は露いささかこれに不平は抱いて居ない。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ひとはなしひと猶更なほさらなからんをなにつとか馬鹿ばからしさよと他目よそめにはゆるゐものからまだ立去たちさりもせず前後ぜんごくばるは人待ひとまこゝろえぬなるべし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
他目よそめにもかずあるまじき君父の恩義惜氣をしげもなく振り捨てて、人のそしり、世の笑ひを思ひ給はで、弓矢とる御身に瑜伽ゆが三密のたしなみは、世の無常を如何に深く觀じ給ひけるぞ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
昌さんはあの「あ——あア」といふ聲を出して必死に拒んだ。民さんがその肩をつきやる。彼はどうしてこんなに怒るのかと他目よそめには思へるほど奇妙な怒りに燃えてゐるのである。
南方 (旧字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
仮りに気違いであるとしても、彼は普通の乱心狂気でない、おそらく何かの宗教を盲目的に信仰して、その強い信仰から他目よそめには物狂わしく見えるようにもなったのであるまいか。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
間違えて他人の地面に置いて行くことはなかろうかと、他目よそめには案じられるが、遠方の立木や山などの見通しで見当をつけて、自分の地面を間違えるようなことは決してないそうな。
春雪の出羽路の三日 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
結婚はあまり彼女の心に染まぬものであったが、彼女はよく夫婿に仕えて、夫婦仲も好く、他目よそめには模範的夫婦と見られた。良人おっとはやさしい人で、耶蘇やそ教信者で、外川先生の雑誌の読者であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
他目よそめには、母親でなければならぬと想像されるところの女の人を傍らに置きながら、母よと呼ぶのでもなければ、乳をとせがむのでもない。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
天をかし地を活かし人をも活かすの力を持っている。他目よそめに解せられない愉快な晩餐というも全く木綿子の力である。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それに受持以外に課外二時間づゝと來ては、他目よそめには勞力にともなはない報酬、否、報酬に伴はない勞力とも見えやうが、自分は露聊つゆいさゝかこれに不平は抱いて居ない。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
彼女をめぐる事情とが、この古い武家屋敷に、女ふたりの主従だけを取り残して、他目よそめにも勿体ない程な若さと美しさを、空しく鋲打びょううちの門の中に閉じ籠めさせて来たのであった。
篝火の女 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
他目よそめにももどかしいほど回復もおそかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「さようで……あの斬られたお熊さんと十五違いぐらいで御座いましょうか……いつもお二人で仲よく当寺こちらへお参りになりましたもので、他目よそめには実の親娘おやことしか見えませぬくらい仲が宜しゅう御座いましたが……南無南無南無……」
他目よそめには誰も何とも気がつかなかったが、印度人はブルブルとふるえて、危なく槍を取落すところを、しっかりと持ち直して、わざとらしく横を向きました。
近頃はこの事件に匙投さじなげ気味になったのではないかとさえ、他目よそめには思われました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを得避えさくる事もできないで、巣を破られたはちが、その巣跡にむなしくたむろしているごとくに、このあばら屋に水籠みずごもりしている予を他目よそめに見たらば、どんなに寂しく見えるだろう。
水籠 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
肥大なる与八と、短小なる米友が打連れて歩くところは、当人たちは至極無事のつもりだけれど、他目よそめで見ればかなりの奇観を呈しているのでありました。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と、苦労を語りあうことが、他目よそめにもうらやましいほど親しい藤孝と光秀なのである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今の庵主は五十ばかりの品のよい老女で、この老女がこの頃になって何か胸に思い余ることがありげに、しきりに心を苦しめているのが、そう思って見れば他目よそめにも見えます。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
モシ、他目よそめで見たならば、たしかにこれは馬喰うまくらいの丑五郎うしごろう以上の悪態であります。卒塔婆小町の婆さんも、ここに至るとホトホト米友を憎らしく思いだしてきたのも無理ではありません。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
お君は日頃に似気にげなく争いました。お銀様はほとんど狂気のていで写真をらじとしました。一枚の写真を争う両人ふたりは、ほとんど他目よそめからは組打ちをしているほどの烈しさで揉み合いました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)