下座げざ)” の例文
下座げざの三味線きのお玉さんの根岸の家で死んだのは、つい一咋年のことだったが、なんだか随分昔のような気もする。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
これは一座の太夫元、木戸に居る大年増の亭主で藤六といふ男、無人の一座で、女房は木戸番を、亭主は下座げざを勤めて居るのだと、後で判りました。
……たけス、こめあらい、四丁目、そうした下座げざのはやしの音が、いかにぼくの少年の日の夢をはぐくんでくれたことか。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
にぎわしい下座げざ管絃いとたけのひびきの中に、雪之丞は、しっとりと坐りながら、なまめいた台詞せりふを口にしつつ目をちらりと、例の東桟敷の方へと送った。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
や、老人としよりの早打肩。危いと思った時、幕あきの鳴ものが、チャンと入って、下座げざ三味線さみせんが、ト手首を口へ取って、湿しめりをくれたのが、ちらりと見える。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
役者は店の者や近所の者で、チョボ語りの太夫も下座げざ囃子方はやしかたもみな素人の道楽者を狩り集めて来たのであった。
半七捕物帳:03 勘平の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
わッという掛け声のうちに、賑かな下座げざが入る。三味線、太鼓、小鼓、それに木魚がつれて、ぜんのつとめの合方あいかた
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それほど私はにぎやか下座げざはやしと桜の釣枝つりえだとの世界にいながら、心は全然そう云うものと没交渉な、いまわしい色彩を帯びた想像に苦しめられていたのです。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「評判でござりまする、女というので評判なのでござりまする、太夫から下座げざに至るまでみんな年頃の女、それが評判で、ごらんの通り大入りを占めておりまする」
家へ帰ってからお母様に、「薄暗い広いお座敷で、頭の禿げたお年寄が、幅のひどく狭い袴をはいて、芝居の下座げざでつけを打つ男のような恰好かっこうをしておられましたよ」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
少しもしらなかったが師匠は下座げざのお仙という三十がらみの渋皮の剥けた女とねんごろになり、それを根が苦労知らずの嬢様育ちのお神さんはカーッと一途に腹立てて
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
深編笠ふかあみがさの二人侍が訪ねて来るところで、この唄を下座げざに使っているのを図らずも聴いたが、与市兵衛よいちべえ、おかや、お軽などの境涯きょうがいと、いかにも取り合わせのうまいのに感心した。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
また足軽は一般に上等士族に対して、下座げざとて、雨中うちゅう、往来に行逢ゆきあうとき下駄げたいで路傍ろぼう平伏へいふくするの法あり。足軽以上小役人格の者にても、大臣にえば下座げざ平伏へいふくを法とす。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その手には左右二つのカスタネットをかくし持ち、戦う鳥となり、柳の姿態しなとなり、歩々ほほ戛々かつかつ鈴々れいれい抑揚よくよう下座げざで吹きならす紫竹の笛にあわせ“開封かいほう竹枝ちくし”のあかぬけた舞踊のすいを誇りに誇る。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしは毎夜下座げざの三味線をひく十六、七の娘——名は忘れてしまったが、立花家橘之助たちばなやきつのすけの弟子で、家は佐竹ッ原だという——いつもこの娘と連立って安宅蔵あたけぐらの通を一ツ目に出て、両国橋をわたり
雪の日 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
見る方、聴く方の、お客の方から働らきかけてくる神経のおののきがある——そして、下座げざにはおあつらえむきの禅のつとめ(鳴ものの名称)和讃やらお題目やら、お線香の匂いはひとりでに流れてくる。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
下座げざの独吟でも欲しいほどの物凄さだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
突如として起る、下座げざの華やかな行進曲。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
性急せっかちそうに歌っている父橘家圓太郎の高座姿がアリアリと目に見えてきた、いや、下座げざのおたつ婆さんの凜と張りのある三味線の音締ねじめまでをそのときハッキリと次郎吉は耳に聴いた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
「舞台の奥に居りました。下座げざの囃子はお伝さんに任せて、ちょいと親方の後見こうけんをしておりました。親方の小左衛門が舞台に出るときは、私が後見をすることになって居りますので」
うつくしをんな木像もくざうまた遣直やりなほすだね。えゝ、お前様めえさま対手あひて七六しちむづヶしいだけに張合はりえゝがある……案山子かゝしぢやんねえ。素袍すはうでもてあひたま輿こしつて、へい、おむかへ、と下座げざするのをつくらつせえ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「あの、ほら、東海道の三島の宿から下座げざへ入った、お君っていう子ね」
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そしてただ見る掛小屋じゅうの見物がわアっと総立ちになってき、舞台の上の白秀英はくしゅうえいはといえば、演劇ならぬ悲鳴の演舞をクルクルさせて、下座げざや楽屋裏の者たちをかなきり声で呼び廻っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「舞臺の奧に居りました。下座げざの囃子はお傳さんに任せて、ちよいと親方の後見こうけんをして居りました。親方の小左衞門が舞臺に出るときは、私が後見をすることになつて居りますので」
「第一、侠気おとこぎがあるね。ほら、二人が三島まで来て、お金が無くなって困っていた時に、あの親方に助けられたんだろう、わたしの三味線がいいから下座げざに使ってやると言って、中へ入れてくれたから、お関所も無事に通ることができたんだよ」
下座げざはやしは親分の女房のお竹に、もう二人通ひで來る松三、お倉といふ中年の夫婦者、それが西兩國で立ち腐れになつたやうな、怪し氣な小屋を借り受け、去年の秋からモリモリ人氣が出て
「大層な触れ込みじゃないか、下座げざ合方あいかたが欲しいくらいのものだ」
「大層な觸れ込みぢやないか、下座げざの合方が欲しいくらゐのものだ」