麦藁帽子むぎわらぼうし)” の例文
旧字:麥藁帽子
自分はこの流れの両側に散点する農家の者を幸福しやわせの人々と思った。むろん、この堤の上を麦藁帽子むぎわらぼうしとステッキ一本で散歩する自分たちをも。
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私はやっと其処そこに、黄いろい麦藁帽子むぎわらぼうしをかぶった、背の高い、せぎすな、一人の少女が立っているのだということを認めることが出来た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
余り暑くなると、麦藁帽子むぎわらぼうしかぶって書くような事もある。こうして書くと、よく出来るようである。すべて明るい処がよい。
くわ楊枝ようじのまま与兵衛を出ると、麦藁帽子むぎわらぼうしに梅雨晴の西日をよけて、夏外套の肩を並べながら、ぶらりとその神下しの婆の所へ出かけたと云います。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼女はわたしに気がつくと、立ち止って、麦藁帽子むぎわらぼうしの縁を押し上げ、ビロウドのような眼でわたしを見上げた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
白のジャケツやら湯帷子ゆかたの上にの羽織やら、いずれも略服で、それが皆らぬ顔である。下足札を受け取って上がって、麦藁帽子むぎわらぼうしを預けて、紙札をもらった。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
明るい色の衣裳いしょうや、麦藁帽子むぎわらぼうしや、笑声や、噂話うわさばなし倐忽たちまちあいだひらめき去って、夢のごとくに消えせる。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
白地絣しろじがすり単衣ひとえを着て、ヤンキー好みの、派手なリボンの附いている麦藁帽子むぎわらぼうしかぶって、ステッキで自分の下駄の先をたたきながらしゃべっている、あから顔の、眉毛まゆげの濃い
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
女は大きな麦藁帽子むぎわらぼうしを急いでかぶって、男に二三度キスをして置いて、往来へけ出した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
辻永は麦藁帽子むぎわらぼうしをヒョイと取って門衛に挨拶あいさつをすると、スタコラ足を早めていった。私も彼の後から急いだけれど、レールなどが矢鱈やたらに敷きまわしてあって、思うように歩けなかった。
地獄街道 (新字新仮名) / 海野十三(著)
麦藁帽子むぎわらぼうしの縁に手をかけて空を見あげ、一雨来るかも知れんと思い、けるように陽炎かげろうをあげている周囲を見わたすと、心なしか、さっと、一陣の冷たい風が来て西瓜すいか畑の葉を鳴らした。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
燃えさしをゆかの上に投げ、また一本摩り、莨を吸付けながら、どうでもいいというようなる風にて戸の方を見る。○モデルむすめ。質素なる黒の上着に麦藁帽子むぎわらぼうしこしらえにて、遠慮らしくしずかきたる。
麦藁帽子むぎわらぼうし手拭てぬぐいしばりつけた頭の下から、真赤にいきんだ顔が、八分通り阿蘇卸あそおろしに吹きつけられて、喰い締めたの上にはよなが容赦なく降ってくる。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
秋の初の西に傾いたあざやかな日景ひかげは遠村近郊小丘樹林をくまなく照らしている、二人の背はこの夕陽ゆうひをあびてそのかたぶいた麦藁帽子むぎわらぼうしとその白い湯衣地ゆかたじとをともに照りつけられている。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まだ会社から帰ったままの茶のアルパカの背広服を着ていた私は、上衣うわぎえりを立て、前のボタンをすっかりめて、カラーとワイシャツが目立たぬようにし、麦藁帽子むぎわらぼうしわきの下に隠しました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると一時恢復したように見えた疲労が、意地悪くまだ残っていたのか、新蔵は今更のように気が沈んで、まるで堅い麦藁帽子むぎわらぼうしが追々頭をしめつけるのかと思うほど、烈しい頭痛までして来ました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
或る時は、そのやや真深かにかぶった黄いろい麦藁帽子むぎわらぼうしの下から、その半陰影はんいんえいのなかにそれだけが顔の他の部分と一しょにもうとしないで、大きく見ひらかれた眼が、きらきらとかがやいていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
千代子はまた首を突込つっこんだ。彼女のかぶっていたへなへなの麦藁帽子むぎわらぼうしふちが水につかって、船頭にあやつられる船の勢にさからうたびに、可憐な波をちょろちょろ起した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたくしを驚かせたハンケチ付きの古い麦藁帽子むぎわらぼうしが自然と閑却かんきゃくされるようになった。私は黒いすすけた棚の上にっているその帽子をながめるたびに、父に対して気の毒な思いをした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
くるまにも乗らず、かさも差さず、麦藁帽子むぎわらぼうしだけかぶって暑い砂道を歩いた。こうして兄といっしょに昇降器へ乗ったり、権現へ行ったりするのが、その日は自分に取って、何だか不安に感ぜられた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)