うる)” の例文
「ああ、虹とは……。貴方は何を仰言おっしゃるのです」伸子は突然弾ね上げたように身体を起して、涙でうるんだ美しい眼を法水に向けた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
けれどもその黒くうるんだ瞳と、心持ち微笑を含んだ唇が明かに私のこうした妄想を裏切っている事を認めない訳に行かなかった。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
とじりりと膝を寄せて、その時、さっと薄桃色のまぶたうるんだ、冷たい顔が、夜の風にそよぐばかり、しとねくまおもかげ立つのを、縁から明取あかりとりの月影に透かした酒井が
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
分かるも、分からぬも、観客けんぶつは口あんごりと心もそらに見とれて居る。平作へいさくは好かった。隣に座って居る彼が組頭くみがしら恵比寿顔えびすがおした爺さんが眼をうるまして見て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
御米およね産後さんご蓐中じよくちゆうその始末しまついて、たゞかる首肯うなづいたぎりなんにもはなかつた。さうして、疲勞ひらうすこんだうるませて、なが睫毛まつげをしきりにうごかした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
口ではこんな荒っぽい事を言いながらも、平次のうるんだ眼は、ガラッ八の純情を感謝しております。
光子さんは、思はず微笑を洩しながら、うるんだ瞳をみはつて凝とその光を瞶めました。
(新字旧仮名) / 牧野信一(著)
大佐たいさ好遇かうぐうにて、此處こゝで、吾等われら水兵等すいへいらはこんで珈琲カフヒーのどうるほうし、漂流へうりう以來いらいおほい渇望かつぼうしてつた葉卷煙葉はまきたばこ充分じゆうぶんひ、また料理方れうりかた水兵すいへい手製てせいよしで、きはめてかたち不細工ぶさいくではあるが
善男信士輩、成湯せいとうの徳は禽獣に及びこの女将の仁は蛙をうるおすと評判で大挙して弔いに往ったは事実一抔くわされたので、予が多く飼うカジカ蛙が水に半ばうかんで死ぬるを見るに皆必ず手を合せて居る。
彼の視覚は本当にぼんやりとうるんで来た。
読んでゆくうちに、法水の眼頭めがしらが、じっくとうるんでいった。しばらくは声もなくじっと見つめているのを、検事は醒ますように、がんと肩をたたいた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そうしてその大きくうるみを持った黒眼勝ちの眼と、鼻筋の間と、子供のように小さな紅い唇の切れ込みとのどこかに、大奈翁ナポレオンの肖像画に見るような一種利かぬ気な
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
御米は産後の蓐中じょくちゅうにその始末を聞いて、ただ軽く首肯うなずいたぎり何にも云わなかった。そうして、疲労に少し落ち込んだ眼をうるませて、長い睫毛まつげをしきりに動かした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
火傷した女児の低いうめき声と、其父の涙にうるんだ眼は、いつまでも耳に目にくっついて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
口惜くやしくきっとなる処を、酒井の剣幕がはげしいので、しおれて声がうるんだのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
涙だけは二人ともこらえたが、二人の眼差は濡れた月のやうにうるむで居た。
喜びと悲しみの熱涙 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
恐らくあの方のうける喝采が、医薬に希望を持てない何万という人達をうるおすことでしょう。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その葉が大きく上にかぶさる、下にたたずんでじっと見た、瞳がうるんで溜息ためいきして
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る間に両方の眼はうるむで来た。涙が胸まで込み上げて来た。
月下のマラソン (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
ほっと息をいたと思うと、声がうるむ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)