)” の例文
西洋の女のように気を失うことはなかったが、でも、失神と紙の状態にあった。克彦はもう目をつぶるより仕方がなかった。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
四十年前の日も、つい昨日の日も、ここでは同じに明け、同じに暮れていたのだろう。津村は「昔」と壁ひとの隣りへ来た気がした。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
紙ひとの違いだが、因縁いんねんのつけようじゃ浮気をしたも同然なんだからね。そこを一本、おどしたら、あの女、物になるかも知れんです。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
ごうを煮やした貴縉きけん紳士ならびに夫人令嬢は、それぞれ車から降り立って、二人の車を十二十重に取り囲み、口々にがやがやと抗議を申し込む。
かべとなり左官夫婦さかんふうふが、朝飯あさめしぜんをはさんで、きこえよがしのいやがらせも、春重はるしげみみへは、あきはえばたきほどにも這入はいらなかったのであろう。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
小供が泣くときに最中もなかの一つもあてがえばすぐ笑うと一般である。主人がむかし去る所の御寺に下宿していた時、ふすまを隔てて尼が五六人いた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腰は二に崩れ、いたり痰を吐いたり、水ばなをすすり上げたり、よだれを流したり老醜とはこのことかむしろ興冷めてしまったが、何れにしても怪しい。
猿飛佐助 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
が、初て極楽に来た時のように、七の宝樹を見ても、余り有難いとも思えなかった。伽陵頻迦の鳴いて居るのを聞いても、余り微妙だとも思えなくなった。
極楽 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
が歴史的には、ここの地形と京都の人煙との間には、いつも山霞やまがすみを引いて、世に不満な人間どもが反骨を養うには恰好な地の利であった所にはちがいない。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
邇邇芸命ににぎのみことはそれらの神々をはじめ、おおぜいのお供の神をひきつれて、いよいよ大空のお住まいをおたちになり、いくともなくはるばるとわき重なっている、深い雲のみねをどんどんおし分けて
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
ピッタリ一にくっついた——の中へ足を通した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
というと覆面ふくめんのむれ、ガチャガチャと一ちょう鎖駕籠くさりかごきこんできて、七にしばりあげた貴人きじんの僧をそのなかにしこみ、それッとかつぎあげるやいな、まッ黒にもんで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
東京あたりの家のように、外側にもうガラス戸があればよいけれども、そうでなかったら、紙が汚れて暗かったり、穴から風が吹き込んだりしては、捨てて置けない訳である。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
はねにちかくなったって、おきゃくただ一人ひとりだって、とうなんて料簡りょうけんものァねえやな。舞台ぶたいははずむ、おきゃくはそろって一すんでもさきくびそうとする。いわばかみすきもねえッてとこだった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
しかし、なん度もなん度も膝を浮かして、襖に手をかけようとしたが、その紙ひとの襖が、今はもう遠く及びがたい城壁のように、ぴったりと間を仕切って、たやすく開けることが出来なかった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
その顔は死相と紙一の白さだ。生き物の必死がしめす或る凄気せいきさえおびている。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これを世上一般では甲館こうかんと称したり、おやかたとよんだり、また躑躅ヶ崎城ともいっているが、決して城造りではなく、平凡平坦な土地に、水濠みずぼりひとめぐらした大きな邸宅にすぎないのである。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)