葛湯くずゆ)” の例文
コレラは門並かどなみといってよいほど荒したので、葛湯くずゆだの蕎麦そばがきだの、すいとんだの、煮そうめんだの、熱いものばかり食べさせられた。
それからまた碁が始まり、与一郎を寝かせてから、寒さ凌ぎに葛湯くずゆを作っていったときも、二人はさも楽しそうに石の音をさせていた。
日本婦道記:風鈴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
飲食も、コーヒー、シトロン、紅茶などの近代的芳香の飲料と、阿倍川あべかわもち、力もち、葛湯くずゆ、麦粉などの中世的粗野なる甘味が供給される。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
葛湯くずゆを練るとき、最初のうちは、さらさらして、はし手応てごたえがないものだ。そこを辛抱しんぼうすると、ようやく粘着ねばりが出て、ぜる手が少し重くなる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(立上り)葛湯くずゆでもこしらえて来ましょう。本当に、何か召し上らないと。(言いながら上手の障子をあけて)おお、きょうは珍らしくいいお天気。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
多分塩を多く使い、また目の粗い布の袋ですのであろう。都会では近い頃まで絹漉し豆腐の名があった。今の葛湯くずゆに近い豆腐は新らしい現象である。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
食事は朝、麺包パン、スープ等。ひるかゆ、さしみ、鶏卵等。晩、飯二碗、さしみ、スープ等。間食、葛湯くずゆ、菓子麺包等。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
第十一 コルンスタッチの粥 は玉蜀黍とうもろこしの粉から製するのでちょうど我邦の葛湯くずゆ葛煉くずねりの通りなものです。これは先ず一合の牛乳を沸立にたたせておきます。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
中途葛湯くずゆで一度失敗しくじったことのあるのに懲りている笹村は、医師の言う通りにばかりもしていられなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのうち母の平常の癖で葛湯くずゆの御馳走が出た。母自身は胸がつかへてゐるからと言つて、藥用に用ゐ馴れて居る葡萄酒をとり寄せて、吾々にも一杯づつでもと勸むる。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
家の中には燈火あかりがかんかんとついて、真暗なところを長い間歩いていたぼくにはたいへんうれしかった。寒いだろうといった。葛湯くずゆをつくったり、丹前たんぜんを着せたりしてくれた。
火事とポチ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
すると新五郎は寝ずにお園の看病をいたします。薬を取りに行ったついでに氷砂糖を買って来たり、葛湯くずゆをしてくれたり、蜜柑みかんを買って来る、九年母くねんぼを買って来たりしてやります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
朝、昼、晩と水蜜桃すいみつとうの汁をしぼって百グラム乃至ないし百二十グラムくらい吸いのみでのむ。——葛湯くずゆの百五十グラムは味がなかった。——水蜜は本場のをもらったのが冷蔵庫で種まで冷えている。
胆石 (新字新仮名) / 中勘助(著)
河野の食事は平生いつも葛湯くずゆでそれをコップに一杯ずつんでいた。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「おやじさん、酒も飯もいらん。葛湯くずゆでもくれないか」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし我々の葛湯くずゆのこしらえかたのように、簡単にできるものなら何でもこうしてかいて食ったもので、カクというのは攪拌かくはんすることであったらしい。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
二日間は白湯さゆだけ、三日めから葛湯くずゆになりおも湯になったが、五日めに半粥が出されたとき、栄二はまた嘔吐おうとした。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それは先ず塩とお砂糖で濃い葛湯くずゆを拵らえてそれへ摺った山葵と蜜柑の実ばかりとを入れてぜたのです。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
森成さんがもう葛湯くずゆきたろうと云って、わざわざ東京から米を取り寄せて重湯おもゆを作ってくれた時は、重湯を生れて始めてすする余には大いな期待があった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やはり、食べるのに、なんの手数もいらないからである。飲みものを好む。牛乳。スウプ。葛湯くずゆ。うまいも、まずいもない。ただ、摂取するのに面倒がないからである。
懶惰の歌留多 (新字新仮名) / 太宰治(著)
母のところへ葛湯くずゆがきた。母は葛湯ときいて
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
代助には、平岡のすべてが、あたかも肺の強くない人の、重苦しい葛湯くずゆの中を片息で泳いでいる様に取れた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼の床に入る時には家内のものはもう皆な寐ていた。熱い葛湯くずゆでも飲んで、発汗したい希望をもっていた健三は、やむをえずそのまま冷たい夜具のうちもぐり込んだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は五十グラムの葛湯くずゆうやうやしく飲んだ。そうして左右の腕に朝夕あさゆう二回ずつの注射を受けた。腕は両方とも針のあとまっていた。医師は余に今日はどっちの腕にするかと聞いた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
泥炭ピートいて濃く、身の周囲まわりに流したように、黒い色に染められた重たい霧が、目と口と鼻とにせまって来た。外套がいとうおさえられたかと思うほど湿しめっている。軽い葛湯くずゆを呼吸するばかりに気息いきが詰まる。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)