花瓶はないけ)” の例文
健三は床の間に釣り合わない大きな朱色の花瓶はないけを買うのに四円いくらか払った。懸額かけがくあつらえるとき五円なにがしか取られた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
烏丸からすまの某家から譲り受ける約束をした元贇焼げんぴんやき花瓶はないけ安南絵あんなんえの壺を受け取って来てもらいたいとの事で、ついでに、頼まれて出立いたしました
醤油仏 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年紀としはようよう梓より二ツ上の姉が、両親の後を追って、清く且つ美しい一輪の椿、床の花瓶はないけをほつりと落ちた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時は丁度五月の始めで、おきよさんという十五、六の娘が、菖蒲しょうぶ花瓶はないけに挿していたのを記憶している。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
壁際につッた別の棚には化粧道具や絵葉書、人形などが置かれ、一輪ざしの花瓶はないけには花がさしてある。
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
同じく並びし花瓶はないけを仆し、散々に破損けがをさせしに、旦那次の間に御酒めし上りながら、美登利お轉婆が過ぎるのと言はれしばかり小言は無かりき、他の人ならば一通りの怒りでは有るまじと
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
同時に彼は新らしくとこに飾られた花瓶はないけとその後に懸っている懸額かけがくとを眺めた。近いうちにそでを通すべきぴかぴかする反物たんものも彼の心のうちにあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伝右衛門は、俯目ふしめのまま、花瓶はないけの前を退がった。夜まで、姿を見せなかった。そこへ眼をやるに忍びないのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同じく並びし花瓶はないけたほし、散々に破損けがをさせしに、旦那次の間に御酒ごしゆめし上りながら、美登利お転婆が過ぎるのと言はれしばかり小言は無かりき、他の人ならば一通りの怒りでは有るまじと
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お葉の眼には涙が見えたが、って再び座敷へかえった。とこ花瓶はないけにはの椿が生けてあって、手入ていれ所為せいでもあろう、紅い花は已に二輪ほど大きくほころびていた。彼女かれその枝を持って出た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
………肉の底に根を張つてゐない戀は、摘まれた花瓶はないけの花に等しいと、何かの本で讀んだ事がある。如何なる純潔な戀でも、其れが充分に發育して行くにはどうしても實感の要素が無くてはならぬ。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
彼女は転がった花瓶はないけを元の位置に直して、くだけかかった花を鄭寧ていねいにその中へし込んだ。そうして今までの頓興とんきょうをまるで忘れた人のように澄まし返った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高価な花瓶はないけや香炉などではない。口の欠けた徳利と、黒いなべだった。鍋には食べ残した雑炊ぞうすいがまだ半分残っているし、徳利は振ってみると、ごぼっと音がして、欠けた口から酒がにおう。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おなじくならびし花瓶はないけたほし、散々さん/″\破損けがをさせしに、旦那だんなつぎ御酒ごしゆめしあがりながら、美登利みどり轉婆てんばぎるのとはれしばかり小言こゞとかりき、ほかひとならば一とほりのおこりではるまじと
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その時彼は三千代にあやしげな花瓶はないけの掃除をさして、自分で、大事そうに買って来た花を活けて、三千代にも、三千代の兄にも、床へ向直って眺めさした事があった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
伝右衛門は、その花瓶はないけを出しながら、人間の作った法というものを考えた。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は「怒ったわ」と答えたなり、父の書斎の花瓶はないけの水をえながら、乾いた布巾ふきんで水を切っていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
其時そのとき彼は三千代にあやしげな花瓶はないけの掃除をさして、自分で、大事さうに買つてはなけて、三千代にも、三千代のあににも、とこ向直むきなほつてながめさした事があつた。三千代はそれを覚えてゐたのである。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
彼はまた団子坂を下りて谷中やなかの方へのぼって行った。そうして其所そこにある陶器店から一個の花瓶はないけを買って来た。花瓶は朱色であった。中に薄い黄で大きな草花が描かれていた。高さは一尺余りであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)