胸襟きょうきん)” の例文
紅葉と私とは妙なイキサツから気拙きまずくなっていたが、こうして胸襟きょうきんを開いて語ればお互に何のわだかまりもなく打解ける事が出来た。
何より彼女がうれしかったのは、御牧や国嶋が妙子を遇するにそれとなく意を用い、交〻こもごも彼女に胸襟きょうきんを開いて話しかけてくれたことであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
杯が交わされてからは、客でもなくあるじでもなく、膝をくずして、お互いに胸襟きょうきんをひらき合ったが、話は、刀のほかには出ない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老幼賢愚の隔意なく胸襟きょうきんを開いて平々凡々に茶をすすり、談笑して御座る。そこが筆者の眼に古今無双の奇人兼、快人と見えたのだから仕方がない。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うまく行きそうな家は、見かけからして既に胸襟きょうきんひらいている感じなのである。私がこの路地を黙殺してしまったのは主として地理的関係にる。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
巣鴨辺すがもへん弥勒みろくの出世を待っている、真宗大学しんしゅうだいがくの寄宿舎に似て、余り世帯気しょたいげがありそうもないところは、おおい胸襟きょうきんを開いてしかるべく、勝手に見て取った。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一旦の悲哀よりして互に終生を棄つるなく、他日手を執りて今日を追想し、胸襟きょうきんひらいて相語るの折もあらば、これに過ぎたる幸はあらじと存じ候……
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこでまあ互いに胸襟きょうきんをひらいて、チベット古代の高僧の伝記その他いろいろの話をして愉快に一日を過しました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
三人は胸襟きょうきんを開いて語り合った。けれどここで語る話と清三と郁治と話す話とは、大いに異なっていた。同じ親しさでも単に学友としての親しさであった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
しかし楓江を知る者は皆その胸襟きょうきんの歴落たるを喜び、目するに奇士を以てしたという。楓江は嘉永二年『海外新話』を著したため江戸かまいの刑に処せられた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
横井の胸襟きょうきんは光風の如く、佐久間の頭脳は精鉄の如し。横井が理想は「大義を四海に布くのみ」。佐久間の理想は「五州を巻きて皇国に帰し、皇国を五州の宗たらしむる」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
に於ても誠実が物を言う。僕は同僚との折合おりあいが好い。喧嘩をしてかえって別懇べっこんになったのもある。一杯飲んで胸襟きょうきんを開くと皆ういやつだ。渡る世間に鬼はないという諺はえらい。
ロマンスと縁談 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そうして道庵の淡々として胸襟きょうきんを開いた話しぶりと、城廓を設けぬ交際ぶりに、護送の役人も感心してしまい、これは弥次郎兵衛、喜多八より役者がたしかに上だと思いました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ささげる覚悟でいるのですから、どうか胸襟きょうきんを開いて申上げることを聞いて頂きたいのです
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
所詮は鴎外の諦めても諦らめられぬ鬱悶を消する玩具であろう。不平もあれば皮肉もある。嫌味いやみも交る。しかしそこには野趣がある。鴎外はここではじめて胸襟きょうきんを開いて見せる。
時々、胸襟きょうきんを開いて話をしては馬鹿を見る、度々「お前もか」というような目にあいて、失望することが多い。要するに吾々日本人は、人格なるものを認知し得ないのではなかろうか。
人格を認知せざる国民 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
胸襟きょうきんを開くことにかけてはおのずから一定の限度のあったことは、あれほど彼を褒めあげているメンシコフでさえ認めているし、夢中で彼にれこんでいた情熱漢クープリンでさえ
クリスマスにはどの家も戸を開放し、人はみな胸襟きょうきんをひらいたようである。百姓も貴族もいっしょになり、あらゆる階級の人がひとつの、あたたかい寛大な、喜びと親切の流れにとけあう。
「そ……それでは困る。御趣旨は重々わかっているからそこをどっちにも傷の附かんように、胸襟きょうきんを開いて懇談を……」
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
バチバチとはぜるかがりまきの音が遠く聞えて来たろう。またもっと心耳しんじらせば、本丸のうちに、無門の胸襟きょうきんをそのまま手枕の一夢をむさぼって
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その日から僕達は胸襟きょうきんを開いた。行きも帰りも一緒だった。毎朝、早川君が待っていてくれる
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
何度なんたび会っても他人行儀で、心底しんそこから胸襟きょうきんを開いて語るという事がなかった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
柴進さいしんが特に心入れの宴をもうけ、その日は夜まで興に入って飲みあった。かみの悪政、下風の頽廃たいはい、男と男の胸襟きょうきんを解けば、人生如何に生くべきか、まで話はつきない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
懇親会は喧嘩で中止になったが、私達同級生は間もなく胸襟きょうきんを開いて交際を始めた。同じ寄宿舎にいて、何も彼も一緒だから事が早い。通学生は佐伯君と谷君丈けだった。この二人は
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
紅葉はこういう男で、誰に会っても旧知の友のように胸襟きょうきんを開いて歯切れの好い江戸ッ子弁でサックリと竹を割ったように話すから、誰でも快く感じて一見百年の友に接するような心持がした。
この胸襟きょうきんをひらいて語る前には、数正が、徳川家の臣であるとか、その徳川家が、自己に取っての何者であるかなども、ほとんど、忘れ去っているかのようにしか思われない。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「矢っ張り同窓ってものは有難い。一寸電車で会っても、これ丈け胸襟きょうきんを開いて話せる。僕は同級生と先輩の関係で、それからそれと手蔓てづる手繰たぐって行くから、随分手広く勧誘が出来る」
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
三郎兵衛も、今は、以前の友と変らず、すっかり胸襟きょうきんをひらいて、杯をかさねた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「大に胸襟きょうきんを開いて来たよ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
胸襟きょうきんをひらくとか、肝胆かんたん相照あいてらすとか、ことばや形の上で、手を握ったわけでも何でもなく、不和な仲に、彼を知り、此方こちらを知って、自然、男と男との交際つきあいが始まって来たのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥底までの胸襟きょうきんをひらいたので、常木鴻山は、年来の目的を達することに、はッきりとした曙光しょこうを感得し、翌朝、眠らずとも晴々しい顔で、一月寺を辞し、左京之介さきょうのすけの屋敷へ帰って行った。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうかそういわないで胸襟きょうきんをおひらき下さい。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)