まつわ)” の例文
脱ぎ捨てた彼女の古い衣は彼女の片足にまつわりついた。そうして、彼女の足が厚い御席みましの継ぎ目に入ると、彼女は足をとられてどっと倒れた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その宿屋にまつわるはなしというのはこうである。もはや何年前のことであろうか。四五人の鉱山師仲間が何ヶ月も逗留しつづけていたのである。
金山揷話 (新字新仮名) / 大鹿卓(著)
お袖は、自分の体へまつわってくる男の手を、心にもなく、癇癖かんぺきに振り払いながら、いってもいってもまだ罵り足らないように
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いいえ、引っこんではいられません!」と、平常ふだんのお妙とはまるで別人、彼女はその場に坐り込んで、あっという間に父壁辰のあしまつわり付いた。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それに、よくさうした若い女の自殺にまつわる種類の臆測をこの女教師の上に無遠慮に持つて来るには、彼女は、あまりに人々の人望を集めすぎてゐました。
背負ひ切れぬ重荷 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
いつもなら、火鉢のまわりにウロウロしていて、客の誰彼にかまわずまつわりつく小さな子供も珍しくいなかった。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
而して昼は幽かに、夜は清く、朝は寂しい自鳴鐘のやうに時雨のたましひをそそのかしてほのかに白芥子の花にまつわる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
次には「またその強き歩履あゆみせばまり、その計るところは自分を陥しいる、すなわちその足にわれて網に到り、また陥阱おとしあなの上を歩むになわそのくびすまつわわなこれをとらう」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
お由はまだ国太郎にからまつわりながら、裏梯子から表へ出た。が、塀を一つ曲って此処まで来ると
白蛇の死 (新字新仮名) / 海野十三(著)
葉のない木も、細いこずえの先まで雪を附けてしなっていた。樹氷にまつわりつかれて重くなっているのだ。ときわ樹は枝葉の上に山のように積みあげて幹から外れそうであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
小田島の言葉には来る早々からあんな女にまつわられ通した憤懣ふんまんも彼の無意識の中に交って居る。と、イベットの体が少しふるえて、その慄えの伝わる手が小田島の肩に掛った。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかし、それでもべとべとと身体にまつわりついた汗を流して、なんとも言えぬ爽快さを覚える。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼の頭の中には辰子の姿が、煙草の煙のもつれるように、いつまでも美しくまつわっていた。彼にはその頭の中の幻が、最前電車の中で味った幸福の名残りのごとく見えた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
すこしはなれている、ぼくにさえ聞えるほどのはげしい動悸どうき粒々つぶつぶの汗が、小麦色に陽焼ひやけした、豊かなほおしたたり、黒いリボンで結んだ、髪の乱れが、くびすじに、汗にれ、まつわりついているのを
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
それは歓楽をねたむ実生活の鬼の影が風流にまつわるためかも知れず、または句に熱し詩に狂するのあまり、かえって句と詩に翻弄ほんろうされて、いらいらすまじき風流にいらいらする結果かも知れないが
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがてうとうとと浅い眠りがまつわりついてきた。
夢幻泡影 (新字新仮名) / 外村繁(著)
虚妄の糸が旦暮あけくれこの身にまつわって
たった一つこれだけはあさり続けて来たつもりの食味すら、それにまつわる世俗の諸事情の方が多くて自分を意外の方向へ押流し、使いまわてこにでもなっているような気がする。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
人も知る山城国の四明ヶ岳にある含月荘がんげつそうは、さきの黄門松平龍山公の隠居所であって、そこの怖ろしく高い物見櫓ものみやぐらか塔のような楼上に、夕雲のまつわる頃、一点の灯火あかりがポチとつくと
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)