網代笠あじろがさ)” の例文
墨染すみぞめの衣を着た坊さんが、網代笠あじろがさを片手に杖ついて、富士に向って休息しているとすれば、問わずして富士見西行さいぎょうなることを知る。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ぎしりをんだふたりの従僧じゅうそう網代笠あじろがさをかなぐりて、大刀をふりかぶって、主僧しゅそうの身をまもり、きたるをうけてやりや刀をうけはらった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
古びた色のめた袈裟けさころもに頭陀袋ずだぶくろをかけ、穴のあいた網代笠あじろがさをかぶり草鞋わらじばきで、そうしてほこりまみれという姿だった。
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
竜之助は、そのころ市中を歩く虚無僧こむそうの姿をして、身には一剣をも帯びておりません。弁信は例のころもを着て、法然頭ほうねんあたま網代笠あじろがさで隠しておりました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
淵の魚はさぞ待っているだろうと、昭青年は網代笠あじろがさかさの代りにして淵へ生飯を持って行きました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
捕ゆる時何ぞ所持しよぢしなはなきかとたづねられ番頭喜兵衞ほかには何も候はずたゞ網代笠あじろがさがい頭陀袋づだぶくろ一つ之ありしと申に大岡殿其頭陀袋づだぶくろ是へと申されるにより差出さしいだしければ中を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
弁士と同じく僧形そうぎょうで、頭にはかき色の網代笠あじろがさをいただき、太い長杖をついてゐる。後姿なので人相も年の頃も分らないが、声から察するところ、まづ五十がらみの年配でもあらうか。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
のがれつべうもこそあらじと見えつるが、虹汀少しも騒ぐ気色けしきなく、ひ奉りし仏像を馬士まごに渡し、網代笠あじろがさの雪を払ひて六美女に持たせつ、手に慣れし竹杖を突き、衣紋えもんつくろ珠数じゅず爪繰つまぐりつゝ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
網代笠あじろがさをかぶった三人の僧形は、黙々もくもくとして、そのれいをうけ、やがてあんないにしたがって、菊亭殿きくていどのの奥へ、スーッと姿すがたをかくしてしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兵馬が見ると、月を背にして歩んで来る二個ふたつの人影があります。前のは背の低い網代笠あじろがさをいただいた小坊主と覚しく、後ろのは天蓋てんがいをかぶって、着物は普通の俗体をしている男のようです。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
かりの隱れみの頭巾づきんの上に網代笠あじろがさふかくも忍ぶ大門口相※あひづせきに重五郎其所へ御座るは花魁おいらんかと言れて白妙回顧ふりむきオヽ重さんか安さんはへ其安さんはもうとく鞠子まりこへ行て待てゞ在ば暫時ちつとも早くと打連立うちつれだち彌勒みろく町を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
にわかに取りいそいで、三人のそうはそこから、網代笠あじろがさをかぶり、菊亭晴季きくていはるすえに見おくられて、泉殿いずみどのからいけはしをわたってきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
網代笠あじろがさを深くかぶって袈裟文庫けさぶんこをかけて、草鞋穿わらじばきで、錫杖しゃくじょうという打扮いでたちです。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
近づいてゆくと、門前に誰か悄然しょんぼりと立っている。網代笠あじろがさを被った雲水うんすいの胸に、一人の少年が、顔を当てて泣いていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「もの申す、もの申す……」たそがれどきである。小丸山の庵室のまえに、四郎高綱は網代笠あじろがさいで立っていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
杖に身をささえ、跛足びっこをひいた一人の若僧が、網代笠あじろがさおもてをつつみ、施粥せがゆの列に交じっていたが、やがて自分の順番になると、鉄鉢を出して、僧侶らしく、ていねいに頭を下げた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、髪の伸びたつむり網代笠あじろがさをいただいて、また、近郷の教化きょうげに出歩いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「坊んさん。あいにく、網代笠あじろがさはないよ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)