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竹村
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たけむら
「あいつは
己の
財産に
惹着けられてゐるんだ。」
大久保はいつかさう
言つてゐたけれど、
竹村には
其意味が
全然不可解であつた。
階下へ降りますと御飯から立つ湯気の
香が夜の家いつぱいに満ちて匂つて居ました。これは
竹村と云ふ姉の家へ贈る弁当の
焚出しをして居るからなのでした。
今我れ
松野を
捨てゝ
竹村の
君まれ
誰れにまれ、
寄る
邊を
开所と
定だめなば
哀れや
雪三は
身も
狂すべし、
我幸福を
求むるとて
可惜忠義の
身世の
嗤笑にさせるゝことかは
竹村は一
年たつかたゝないうちに、
大久保の
帰つて
来たのに
失望したが、
大久保の
帰朝の
寂しかつたことも、
少なからず
彼を
傷ましめた。
さりとて
是れにも
隨がひがたきを、
何として
何にとせば
松野が
心の
迷ひも
覺め、
竹村の
君へ
我が
潔白をも
顯されん、
何方にまれ
憎くき
人一人あらば、
斯くまで
胸はなやまじを
そして
田舎へ
帰つてから、
慇懃な
礼状も
受取つたのであつたが、
無精な
竹村は
返事を
出しそびれて、それ
限りになつてしまつた。
斯く
思ふは
我れに
定操の
無ければにや、
脆ろき
情のやる
方もなし、
扨も
松野が
今日の
詞、おどろきしは
我のみならず
竹村の
御使者もいかばかりなりけん、
立歸りて
斯く
斯くなりしとも申さんに
おゝ
夫よりは
彼の
人の
事彼の
人の
事、
藤本のならば
宜き
智惠も
貸してくれんと、十八
日の
暮れちかく、
物いへば
眼口にうるさき
蚊を
拂ひて
竹村しげき
龍華寺の
庭先から
信如が
部屋へのそりのそりと