穿)” の例文
彼方かなたへすたすたと行く後ろ姿を見れば、黒い布で顔をつつみ、黒い膝行袴たっつけや脚絆もはいて、足も身軽なわらじ穿きではないか。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
モヨ子の外出穿きの赤きコルク草履ぞうりが正しく並びおり、そのかたわらより蝋燭ろうそく滴下したたり起り、急なる階段の上まで点々としてつらなれり。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
学校の生徒らしい夏帽子に土地風なカルサン穿きで、時々後方うしろを振返り振返り県道に添うて歩いて行く小さな甥の後姿は、おげんの眼に残った。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
風呂敷包を腰につけて、草履穿きで裾をからげた、杖を突張つッぱった、白髪しらがの婆さんの、お前さんとは知己ちかづきと見えるのが、向うから声をかけたっけ。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
花道はなみちから八才子が六方ろっぽうを踏んで現れるという花々しいに、どうしたものだかお約束の素足すあしの下駄穿きを紅葉だけが紺足袋を脱ぐのを忘れていた。
脚絆きゃはんを着け、素足に麻裏穿き、柳行李やなぎごうり袱裹ふくさづつみ振分ふりわけにして、左の肩に懸け、右の手にさんど笠をげ、早足に出づ。
スキイ穿きで見物に来た人が、ずらりと雪の上に立って取り巻いているくらいのものだが、サン・モリッツとなると、瑞西スイツルの国旗を立て並べてお祭りさわぎの装飾をする。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
頭半分も後退した髪の毛の生え際から、ふらふらと延び上った弱々しい長髪が、氏の下駄穿きの足踏みのリズムに従い一たん空に浮いて、またへたへたと禿げ上った額の半分ばかりをわす。
鶴は病みき (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
新太郎君は洋服に庭下駄穿きで下りて行った。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
大太刀をさしたわらじ穿きの男が、前栽せんざいがきをたてとして、後ろ向きにつッ立っていたのであった。——何者だろうか。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家の裏口に出てカルサン穿きで挨拶する養子、帽子を振る三吉、番頭、小僧の店のものから女衆まで、ほとんど一目におげんの立つ窓から見えた。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私は何かしら思い出せない事を、一所懸命に考え詰めた揚句あげくに、思い切ってその扉を開いて中に這入った。今朝けさのままになっている寝台の上に、靴穿きのまま這い上って、仰向けにドタリと寝た。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
内でじっとしていたんじゃ、たといくにしろ、車も曳けない理窟ですから、何がなし、戸外おもてへ出て、足駄穿きで駈け歩行あるくしだらだけれど、さて出ようとすると、気になるから、あががまちへ腰をかけて
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……そこらの山の中にもいそうな、ただのおさむらいが、袖なし胴着に、ふだん穿きのはかまをつけ、ちょこねんと、あぐらをくんでいるだけのお姿です。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、彼方の麦畑のそばにある梅の木の下に、ぽつねんとっているひとりがあった。鼠色の着物を裾みじかに着て、わらじ穿き、そして天蓋てんがいかぶっている。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山行者やまぎょうじゃの着るすそみじかな白衣びゃくえに、あかじみた丸グケの帯。おいは負わず、笈の代りに古銅づくりの一剣を負っている。麻鞋あさぐつは、これも約束の行者穿きのもの。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒い顎髯あごひげを蓄え、肩の幅、胸幅も、常人よりずっと広くて、背も高い。革足袋かわたびに草履穿きのその足の運びが、いかにも確かに大地を踏んでいるというように見えて立派である。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
住持のいいつけで、山にくわしいという若僧がふたり、わらじ穿きで、松明のさきに立ち
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、一日できめ、縄取りや、壕塁ごうるいの構想なども、自身、わらじ穿きでさしずを下し
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
革足袋かわたびにわらじ穿きだし、どこといって抑えどころもないが、歴乎れっきとした藩臣でなく、牢人の境界きょうがいであることは、こういう船旅において、ほかの山伏だの傀儡師くぐつしだの、乞食のようなボロ侍だの
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)