かす)” の例文
「なあに、後から来るのんはほんのかすり傷みたいなもんやから、大事ありません。——時にせんせい、何んぼ差上げたらえゝでせう?」
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
源之助の屍体には、喜三郎の屍体に見られた様な打撲傷やかすり傷はなかった。ただ、心臓の上に、同じ様な刺傷があるだけだ。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「そうです。しかし筆子は割りに呑気のんきな女でしたから、そんなにビックリしてもいませんでしたよ。それに、怪我と云ってもほんのかすきずでしたから」
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
かすった!」と田舎者は嘲笑った。審判席からも声が掛からない。で藤作はツト退いた。じっと双方睨み合った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やみが来たと思う間もなく、また稲妻が向うのぎざぎざの雲から、北斎ほくさいの山下白雨のように赤くって来て、れない光の手をもって、百合をかすめて過ぎました。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
馬鹿な! なんの——ほんのかすり傷だよ。そんなにしよげないで、しつかりしろ。今僕が行つて外科醫を
羽翅締はがいじめの身をもがきながら、洋刃ないふを逆にして背後うしろを払うと、切先きっさきは忠一が右のひじかすった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その白い腕や首の周囲まわりには大暴れに暴れながら無理に取押えられた時のかすり傷や、あざ幾個いくつとなく残っていて、世にも稀な端麗な姿を一際ひときわ異様に引っ立てているかのように見える。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かすり傷一つ負いません。会津征伐丈けでしたから、赤子の腕をねじるようなもので」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
今までは、さうした笑ひ声が、美奈子の心をかすりもしなかつた。本当に平気に聞き流すことが出来た。が、今日はさうではなかつた。その笑ひ声が、妙に美奈子の神経を衝き刺した。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
かすきず一つ負はなかつた白耳義の運転手は、にこにこもので其辺そこら群集ひとごみを見廻してゐたが、ふとバアンス氏の亜米利加式の顔が目につくと、いきなり帽子を脱いで頭の上でりまはした。
泥棒が出て行く時、「このうちは大変しまりの好いうちだ」と云ってめたそうだが、その締りの好い家を泥棒に教えた小倉屋の半兵衛さんの頭には、あくる日からかすきずがいくつとなくできた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「山本先生、ただいまのは、ほんのかすめん、ぜひもう一度お立合を願いたい」
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それに、このかすれ具合が、鉛筆の折れた尖とピッタリ符合している
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ただ鋸の歯が、一寸かすつただけですよ!
かすれた母親。
山羊の歌 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
そうして僕のこの考えはやはり間違ってはいなかったのです。御覧なさい、筆子は往復三十回の間に一度衝突に会いましたけれど、わずかにかすきずだけで済んだじゃありませんか
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
だまってそのを聞いていると、そこらにいちめん黄いろやうすい緑の明るい野原か敷物かがひろがり、またまっ白なろうのようなつゆが太陽の面をかすめて行くように思われました。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「そうだ、そいつだ、居所攻めだ。胴を取られても小手を打たれても、かすった擦ったといって置いて、敵があせって飛び込んで来るところを、真っ向から拝み打ち、ただ一撃でやっつけるのだ」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
芒の葉に切られて、敵も味方も、頬や手足に幾ヵ所のかすり疵を負った。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
かなり重いきずを負つた者があり、同じ俳優の市川小団次は顔からかひなにかけて十幾つかの怪我をしてゐるにかゝはらず、汽車の窓から顔を出してゐた市川荒次郎あらじらうがよくかすり傷一つ負はなかつたので
美奈子が、玄関から上って、奥の離れへ行こうとして客間の前を通ったとき、一頻ひとしきにぎやかな笑い声が、美奈子の耳をいて起った。今までは、そうした笑い声が、美奈子の心をかすりもしなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だから御覧なさい、あの時怪我をしたのは奥様だけだったじゃありませんか、あんな、ほんのちょっとした衝突でも、ほかのお客は無事だったのに奥様だけはかすきずをなすった。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)