尾張町おわりちょう)” の例文
そうして十年たった明治二十八年の夏に再び単身で上京して銀座ぎんざ尾張町おわりちょう竹葉ちくようの隣のI家の二階に一月ばかりやっかいになっていた。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鶴見は中学に通うようになってから、毎日数寄屋橋をわたって、銀座尾張町おわりちょうの四辻を突切って行く。そしてこんなことを思っている。
松崎は今ではたまにしか銀座へ来る用事がないので、何という事もなく物珍しい心持がして、立止るともなく尾張町おわりちょう四辻よつつじ佇立たたずんだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
尾張町おわりちょうの交番でたずねると、交番の巡査は知らないと言った。すると直傍すぐそばに、青に白の線のある腕章をつけた交通巡査がいて
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
尾張町おわりちょうで自分だけ下りてお伺い致しました、と、そう云って、これはお嬢ちゃんにと、日光羊羹ようかんを三さおと絵端書とを出した。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
俊助は大学から銀座の八咫屋やたやへ額縁の註文に廻った帰りで、尾張町おわりちょうの角から電車へ乗ると、ぎっしり両側の席を埋めた乗客の中に、辰子の寂しい顔が見えた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
尾張町おわりちょうの角のところで、五十年輩の、あまり上品でない独逸人に出逢であって、小夜子がはずそうとするのを、何かと揶揄からかがおでどこまでも附いて来たこともあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
だけど彼は、紳士としての態度を崩す事なく、落着き払って尾張町おわりちょうの角を新橋の方へと曲って行った。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
尾張町おわりちょうの角を左に曲って、ややしばらく大道だいどうを走ると、とある横町を右に入って、それからまた狭い小路を左の方へ折れ、やがて一軒のカフェの前に車を止めさせた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
明治七、八年の頃だったと思いますが、尾張町おわりちょうの東側に伊太利イタリー風景の見世物がありました。
銀座は昔からハイカラな所 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
品川へ用達ようたしに往って、わたしは尾張町おわりちょうにいたのですよ、親方の用事で五時ごろから往ったのですが、やまの飲み屋で一ぱいやってるうちに、遅くなって、いっそ遊んで、朝
雪の夜の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こうと思い定めた上は指もささせはしないから見ているがいい。……ふと人力車が尾張町おわりちょうのかどを左に曲がると暗い細い通りになった。葉子は目ざす旅館が近づいたのを知った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
尾張町おわりちょうの角や、京橋のきわには、としいち商人の小屋も掛けられ、その他の角々にも紙鳶たこや羽子板などを売る店も出た。この一ヵ月間は実に繁昌で、いわゆる押すな押すなの混雑である。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鷹台町たかのだいまちから市内に這入って、古城町こじょうまちを通って、仙石町せんごくまちを曲って、喰代町くいしろちょうを横に見て、通町とおりちょうを一丁目、二丁目、三丁目と順に通り越して、それから尾張町おわりちょう名古屋町なごやちょう鯱鉾町しゃちほこちょう蒲鉾町かまぼこちょう……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
尾張町おわりちょうを曲って、グングン歩いて行くので、どこか当てがあるのかと思っていると、呑気らしく日比谷公園に入った。そして、何の為かは分らぬが、花壇や運動場などを、グルグル廻り歩く。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すこし逆上のぼせる程の日光を浴びながら、店々の飾窓かざりまどなどの前を歩いて、尾張町おわりちょうまで行った。広い町の片側には、流行はやり衣裳いしょうを着けた女連おんなれん、若い夫婦、外国の婦人なぞが往ったり来たりしていた。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
こういう墓穴のような世界で難行苦行の六日を過ごした後に出て見た尾張町おわりちょうの夜のは世にも美しく見えないわけに行かなかったであろう。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日比谷ひびやには公園いまだ成らず銀座通ぎんざどおりには鉄道馬車の往復ゆききせし頃尾張町おわりちょう四角よつかど今ライオン珈琲店コーヒーてんあるあたりには朝野ちょうや新聞中央新聞毎日新聞なぞありけり。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
昨夜の独逸ビールの味が忘れられず、今夜は妙子が輝雄にローマイヤアを奢った、そして今しがた尾張町おわりちょうで輝雄と別れて来たのである、と云って
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
尾張町おわりちょうの角に、ライオンというカフエが出来、七人組の美人を給仕女にやとって、慶応ボオイの金持の子息むすこや華族の若様などを相手にしていたのもそう遠いことではなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
野菜の市の立つ尾張町おわりちょうの角の方へと自分も一緒に出掛けたところだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
桃山哲郎は銀座尾張町おわりちょうかどになったカフェーでウイスキーを飲んでいた。彼は有楽町の汽車の線路に沿うたちょっとしたカフェーでやった仲間の会合でたりなかったよいたしているところであった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
自働車はちょうど人通りの烈しい尾張町おわりちょうの辻に止まっている。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
十八歳の夏休みに東京へ遊びに来て尾張町おわりちょうのI家に厄介になっていた頃、銀座通りを馬車で通る赤服の岩谷天狗松平いわやてんぐまつへい氏を見掛けた記憶がある。
喫煙四十年 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
尾張町おわりちょうの裏ですね。」と重吉は聞き直した。夜も九時頃なのに、尾張町のカフェーにいる女がぶらぶら京橋近くを歩いている理由がわからなかったのである。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
歌舞伎かぶきを一幕のぞいて見ようか。」笹村は尾張町おわりちょうの角まで来たとき、ふと言い出した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
尾張町おわりちょうのもう一つ左の四つ角へ出て、そこを私は新橋の方へ歩いて行きました。………と云うよりも、私の足がただ無意識に、私の頭とは関係なく、その方角へ動いて行きました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
兄は尾張町おわりちょうの角へ出ると、半ば独り言のようにこう云った。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「ここは銀座の尾張町おわりちょうかどだよ」
雨夜続志 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
谷中やなかの某寺に下宿をきめるまでの数日を、やはり以前の尾張町おわりちょうのI家でやっかいになった。谷中へ移ってからも土曜ごとにはほとんど欠かさず銀座ぎんざへ泊まりに行った。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今では日吉町ひよしちょうにプランタンが出来たし、尾張町おわりちょうかどにはカフェエ・ギンザが出来かかっている。
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
井谷の送別会にからんで、雪子の縁談も持ち上っているのであること、などをにおわして置いたのであったが、朝から銀座を歩き廻って尾張町おわりちょう交叉点こうさてんを三四回も彼方へ渡り此方へ渡りしてから
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
車掌は受取ったなり向うを見て、狼狽あわてて出て行き数寄屋橋へ停車の先触さきぶれをする。尾張町おわりちょうまで来ても回数券を持って来ぬので、今度は老婆の代りに心配しだしたのはこの手代で。
深川の唄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
橋を渡ると、人通りは尾張町おわりちょうへ近くなるに従って次第ににぎやかになる。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)