宿酔ふつかよい)” の例文
旧字:宿醉
のうち一間のほうには、お十夜孫兵衛、宿酔ふつかよいでもしたのか、蒼味あおみのある顔を枕につけ、もう午頃ひるごろだというに昏々こんこん熟睡じゅくすいしている。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いつづけの宿酔ふつかよいてえわけですかい、そいつあいいが、待てよ、待て待て待てと、——この銀をこうひいて、こうひいてからどうする」
おれの女房 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それと同時に、宿酔ふつかよいもつれた中田の頭も、今日一日の目茶目茶な行動から、ようやく加わって来た寒気と共に、現実的な問題に近寄って来た。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
とにかく、生酔い本性たがわずに、戻るべきところへ戻って、ぐっすり寝込み、明日はまた宿酔ふつかよいで頭があがらないのだろう。厄介千万な代物しろもの
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
各々怠け者だから、職業上の競争意識は毛頭なく、あべこべに各々宿酔ふつかよいのふてねをして仕事の押しつけつこをやり、町の人々を困らすのである。
居酒屋の聖人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
公園の園丁長が例の如く宿酔ふつかよいのおくびで咽喉を鳴らしながら、花壇の中の小径を通って池の傍まで来ると、うっすらと朝靄に包まれた噴水の鶴が
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
宿酔ふつかよいらしい熊さんの青白い顔も、実体らしいお神さんの顔も、無邪気で人を喰ってる子供の顔も、みんなそこにいるよう活き活きとして見えてくる。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
葉子の話では結婚の翌日、彼女は二階の一室で宿酔ふつかよいのさめない松川に濃い煎茶せんちゃを勧めていた。体も魂も彼女はすっかり彼のものになりきった気持であった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
クラス会などで大酒を飲んでも、宿酔ふつかよいをしない。要するに若かったのだ。彼も三田村も西東も小城も。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そこから少し離れた棚に、宿酔ふつかよいの青ぶくれにムクンだ顔をした、頭の前だけを長くした若い漁夫が
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
何んだか少し世界の角度が狂ったような訝かしさを、二人は宿酔ふつかよいの頭に感じなければならなかった。
放浪の宿 (新字新仮名) / 里村欣三(著)
大下組の親分は解散の時、かたぎになれとは言ったが、再出発の為の資金は一文もくれなかった。おごられたのは解散式の酒であり、残ったものは翌日の宿酔ふつかよいだけである。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
宿酔ふつかよいの頭の中は、霧の夜の風景だ。奇怪な形象が、宙に浮んで、変幻出没して、朧ろな光が、その間に交錯する。ひどく瞬間的で、その瞬間の各々が、永遠の相を帯びている。
操守 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それはきっと、戦地の宿酔ふつかよいにちがいないのだ。僕は戦地に於いて、敵兵を傷つけた。しかし、僕は、やはり自己喪失をしていたのであろうか、それに就いての反省は無かった。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
「こりゃ宿酔ふつかよいだ。昨夜泡盛あわもりを、そうだ朝野君に教えてもらった泡盛屋で飲みすぎて……」
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
太郎牛肉の宿酔ふつかよいで頭が重いと云って学校休む。こんなにがつがつなのだと哀れに腹立たしくもある。親父一杯キゲンで、いいよたべろと過度にさせるから。無理ないようなものだが。
宿酔ふつかよい海豹あざらし恍惚うっとりと薄目を開けると、友染を着たかもめのような舞子が二三羽ひらひらと舞込んで、眉をでる、鼻をつまむ、花簪はなかんざし頭髪かみのけく、と、ふわりと胸へ乗って、掻巻かいまき天鵞絨びろうどの襟へ
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終おさえつけていた。焦躁しょうそうと言おうか、嫌悪と言おうか——酒を飲んだあとに宿酔ふつかよいがあるように、酒を毎日飲んでいると宿酔に相当した時期がやって来る。
檸檬 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
昨日、宿酔ふつかよいの頭をかかえながら下宿の窓からぼんやり青空を眺めていたら、どうした工合か空が常になく馬鹿に高く見えるのだ。見ていれば見ているほどどこまでもはてしがなく高く感ぜられる。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
宿酔ふつかよいめて、万次郎もさすがに閉口した様子です。
経之は宿酔ふつかよいらしい弟の顔を見た。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その門の前に来たとき、保本登やすもとのぼるはしばらく立停って、番小屋のほうをぼんやりと眺めていた。宿酔ふつかよいで胸がむかむかし、頭がひどく重かった。
そのときは二日酔いの薬というY君式の伝授で、社の猛者もさ連中が宿酔ふつかよいに用いて霊顕あらたか、という効能がついていた。
反スタイルの記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ふと、宿酔ふつかよいからさめて、呂布は鏡を手に取った。そして愕然がくぜんと、鏡の中に見た自分のすがたに嘆声をもらした。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
阿父さんがよく宿酔ふつかよいのとき、深川茶漬といって浅蜊のおじやみたいなものをこしらえ、その上へパラリと浅草海苔をふりかけたのをよくお相伴させて貰った。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
正午ひる近く、宿酔ふつかよいでフラフラしながら食堂へ行くと、毎食、七皿ぐらいの皿数を並べさせて白米の残飯をむやみにこしらえ、残肴は惜し気もなく海へ捨てさせる。
ノア (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
僕はぐっすりと眠れたが、これは酒のおかげで、翌朝は宿酔ふつかよい気味で頭がすこし痛かった。
八ガ岳に追いかえされる (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
もう一人の外国文学者が、私の「父」という短篇を評して、(まことに面白く読めたが、あくる朝になったら何も残らぬ)と言ったという。このひとの求めているものは、宿酔ふつかよいである。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
私がこうなる時は、空腹でない時にのむ場合とか、宿酔ふつかよいのあととか、であるが、然し、季節的に考えて、鼻汁のでるころ、つまり冬、それがいけない。
人生三つの愉しみ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
すっかりめたようでもあり、宿酔ふつかよいが残っているようでもあり、頭はぼんやりしているし、ひどく胸が重かった。
ちゃん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ある朝酒月が宿酔ふつかよいおくびで咽喉を鳴らしながら噴水の傍を通りかかり、フト思いついた悪計だったのである。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つまりアルコール中毒者の場合は、宿酔ふつかよいの現象がいっさいなくなるらしい。さあそうなると舌のもつれを一時的に癒すため、すぐさま一杯引っ掛けなければならない。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
宿酔ふつかよいあぶらをながしていると、そこへ入浴はいって来た相客の者で、さかいの町人というものが、きのう阿波から大坂へくる便船のうちでは、実におもしろいことがあったといって
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿酔ふつかよいの気味もなく、頭はさっぱりして、さっぱりというよりポカンと空虚になっていて、狐でもおちたような気分でした。台所に行くと野呂はもう起きていて、がばがばと顔を洗っておりました。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
宿酔ふつかよいのところへ、精神的な打撃をうけて、いかにも顔の色がわるそうだが、それを厚化粧でごまかしている。
宿酔ふつかよいかい」と木内桜谷がにやにやしながら云った、「房やんはあまり強くはないんだな」
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男達は複雑な心理錯綜と宿酔ふつかよいに腐蝕して日増に暗澹あんたんたる憂鬱を深めたのに、麻油一人は微塵みじんも同化せずに至極のんびりしていた。男は連日早朝に眼を覚した。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
明くる日、六助は猛烈な宿酔ふつかよいのために、一日じゅう苦しみとおした。べらぼうにのどが渇き、頭が割れるように痛み、ちょっとでも起きようとすると天地が逆転するような眩暈めまいにおそわれた。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
男達は複雑な心理錯綜と宿酔ふつかよいに腐蝕して日増に暗澹たる憂鬱を深めたのに、麻油一人は微塵も同化せずに至極のんびりしてゐた。男は連日早朝に目を覚ました。
小さな部屋 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
彼は宿酔ふつかよいの重い気分のなかで、うれしさのあまりぞくぞくした。三十八にもなるし、女には飽きるほど馴れているのに、いま自分がうれしくってぞくぞくしているということを、彼は正直に認めた。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
青年は平気な顔をして笑つてゐたのですが、翌朝老人の宿酔ふつかよいの頭には恰も子供を赦すがやうな青年の笑ひ顔が世にも最も苛立たしいものに絡みついてくるのでした。
淫者山へ乗りこむ (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「どうした」と木内が呼びかけた、「また宿酔ふつかよいですか」
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
宿酔ふつかよいの不安苦痛、そういうものは良く分り、そういう時には極度に友達が恋しいもので、その覚えが自ら常にナジミの深いことだから、庄吉の友恋しさに同情して
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その顔色の蒼いのは深酒の宿酔ふつかよいのせいか。まるで彼自身がこわしたようにジッと考えこんでいたが
有金をはたいて女を口説いて宿酔ふつかよいの苦痛が人間の悩みだと云うような馬鹿馬鹿しいものなのだった。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
夏川が宿酔ふつかよいの頭に先づ歴々ありありと思ひだしたのがその呟きで、もう十年若ければねえ……アヽ、もう遅い。女はさうつけたして呟いたやうな気がする。それは夏川の幻覚であらうか。
母の上京 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
といふのは、概していつも宿酔ふつかよい気味で、実際睡眠が不足のせゐもあるのであつた。
風人録 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
尤も私は時々この会社へ宿酔ふつかよいをさましに遊びに行つて社長の空椅子にふんぞりかへつて昼寝するものだから、支店長が怖れをなして入社させてくれないので、尤も入社しなくて良かつた。
エンゼルは宿酔ふつかよいで頭が重くて、やりきれない。
街はふるさと (新字新仮名) / 坂口安吾(著)