吹靡ふきなび)” の例文
青苔あおごけむ風は、坂に草を吹靡ふきなびくより、おのずからしずかではあるが、階段に、緑に、堂のあたりに散った常盤木ときわぎの落葉の乱れたのが、いま、そよとも動かない。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
廻って東門をうかがったが、同様である。内には、六文銭の旗三四りゅう、朝風に吹靡ふきなびいて整々としていた。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
今は「風吹くな、なあ吹くな」と優き声のなだむる者無きより、いかりをも増したるやうに飾竹かざりだけ吹靡ふきなびけつつ、からびたる葉をはしたなげに鳴して、えては走行はしりゆき、狂ひては引返し
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
旗を天下に吹靡ふきなびかすことも成ろうに、大禄を今受けたりとは申せ、山川遥に隔たりて、王城を霞の日に出でても秋の風にたもとを吹かるる、白川の関の奥なる奥州出羽の辺鄙ひなに在りては
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
立ちたる人の腰帯シェルベ、坐りたる人のぼうひもなどを、風ひらひらと吹靡ふきなびかしたり。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
がうちからおとさぬ疾風しつぷう雜木ざふきまじつたたけこずゑひくくさうしてさらひく吹靡ふきなびけてれどむねはどうしてもえなかつた。かれまたけぶりいとごとしかすさまじく自分じぶんはやしあたりからたつてはしつけられるのをた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
紅入ゆうぜんのすそも蹴開くばかり、包ましい腰の色気も投棄てに……風はその背後うしろからあおっている……吹靡ふきなびく袖で抱込むように、前途ゆくてから飛着いたさまなる女性にょしょうがあった。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一家惣領そうりょうの末であった小山小四郎が田原藤太相伝のを奉りしより其れに改めた三左靹絵ひだりどもえの紋の旗を吹靡ふきなびかせ、凜々りんりんたる意気、堂々たる威風、はだえたゆまず、目まじろがず、佐沼の城を心当に進み行く
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
きもの吹靡ふきなびいて、しのうて行くか、と犬も吠えず鼠もあるかぬしんとした瞬間のうつつに感じた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
現在いま、朝湯の前でも乳のほてり、胸のときめきを幹でおさえて、手を遠見にかざすと、出端でばなのあしもとあやうさに、片手をその松の枝にすがった、浮腰を、朝風が美しく吹靡ふきなびかした。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たてに、ななめに、上に、下に、散り、飛び、あおち、舞い、漂い、乱るる、雪の中に不忍の池なる天女の楼台は、絳碧こうへきの幻を、うつばりの虹にちりばめ、桜柳の面影は、靉靆あいたいたる瓔珞ようらく白妙しろたえの中空に吹靡ふきなびく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)