しゆつ)” の例文
六年後、宗全と勝元相次いでしゆつし、義政もまた職を義尚よしひさに譲つたが、両軍は、尚ほ相対峙して、容易に戈を納めなかつた。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
(二三)其傳そのでんいはく、伯夷はくい叔齊しゆくせい(二四)孤竹君こちくくんの二なりちち叔齊しゆくせいてんとほつす。ちちしゆつするにおよんで、叔齊しゆくせい伯夷はくいゆづる。伯夷はくいいはく、『ちちめいなり』と。つひのがる。
文矦ぶんこう呉起ごきへいもちひ・(七五)廉平れんぺいにしてのうつくこころたるをもつて、すなはもつ西河せいがしゆし、もつしんかんふせがしむ。文矦ぶんこうすでしゆつす。其子そのこ武矦ぶこうつかふ。
管仲くわんちうとみ公室こうしつ(三二)し、(三三)反坫はんてんあり。(三四)齊人せいひともつおごるとさず。管仲くわんちうしゆつす。(三五)齊國せいこく其政そのまつりごとしたがつて、つね諸矦しよこうつよかりき。のち餘年よねんにして晏子あんしあり。
叔齊しゆくせいまたつをがへんぜずしてこれのがる。國人こくじん其中子そのちうしつ。ここおいて、伯夷はくい叔齊しゆくせい(二五)西伯昌せいはくしやうらうやしなふとき、(曰ク)『なんいてせざる』と。いたるにおよんで西伯せいはくしゆつす。