分厚ぶあつ)” の例文
スカンディナヴィアの田舎いなかには恐ろしくがんじょうで分厚ぶあつでたたきつけても割れそうもないコーヒー茶わんにしばしば出会った。
コーヒー哲学序説 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
地面がつきて水となってる所に、分厚ぶあつな錠前と三つの太い肱金すじかねとのついてる大きな低い円形の鉄格子てつごうしを、彼は認めたのだった。
といっても、分厚ぶあつふたがへだてているのでその意味いみはわからないが、なにせよ、人間の声がうずまいているのは想像そうぞうされる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その火鉢は幾分か背を高くかつ分厚ぶあつこしらえたものであったけれども、大きさから云うと、普通なみの箱火鉢と同じ事なので二人向い合せに手をかざすと
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乏しい光を集めて、分厚ぶあつな刀身は、ぎらり、と光った。かれた者のように、吉良兵曹長は、刀身に見入っていた。不思議な殺気が彼の全身を包んでいた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
第二の用途はこれで雨もしのぐが、同時に荷物を背負う目的から出来る。それ故背中の部分が念入りに編んであったり、また丈夫な材料を分厚ぶあつく用いたりする。
蓑のこと (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あて名は倉地だったけれども、その中からは木村から葉子に送られた分厚ぶあつな手紙だけが封じられていた。それと同時な木村の手紙があとから二本まで現われ出た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
青年は黒のソフトを前踣まへのめりに冠つてマントを着てゐたが、口髯くちひげを短かく刈込んで、黒いたつぷりした髪が頸や揉上げに盛りあがるやうな分厚ぶあつさでつや/\してゐた。
復讐 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
頭髪かみうなじあたりって背後うしろげ、あしには分厚ぶあつ草履ぞうりかっけ、すべてがいかにも無造作むざうさで、どこをさがしても厭味いやみのないのが、むしろ不思議ふしぎくらいでございました。
その時のガラス板の向側に密着した彼等の貪婪どんらんなる分厚ぶあつの脣は、丁度婦女子を脅迫するならずものの、つばきによごれ、ねじれ曲ったそれの様で、それから来るある聯想れんそう
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「パンを一片ひときれ下さいませんか。私、大變おなかが空いてゐるのです。」彼は呆氣あつけにとられて、私を見たが、返答もせずにパンのかたまり分厚ぶあつに切つて、私に呉れたのであつた。
一楽いちらく上下にまいぞろい白縮緬しろちりめん兵児帯へこおびに岩丈な金鎖をきらめかせ、右手めての指に分厚ぶあつな金の指環ゆびわをさし、あから顔の目じり著しくたれて、左の目下にしたたかなる赤黒子あかぼくろあるが
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
まぐろの食い方に雉子きじ焼きというのがある。これはまぐろの砂摺りを皮ごと分厚ぶあつに切って付け焼きにするのである。体中で一番脂肪に富んだところであるから、焼くのがたいへんだ。
鮪を食う話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
猛獣を容れるおりの如く暗黒に分厚ぶあつに造られた電車が、何台も何台もぶうッ、ぶうッと警笛を鳴らしつゝ大阪の方から走って来て沢山の乗客を吐き出して、入れ代りに多勢の人数を積み込むと
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
膝小僧がともすると覗き出しそうになるので、両手で着物の前を押えて、ぴしゃんこに坐って一息ついていると、久保田さんはふと、藁で分厚ぶあつに編んだその深編笠の中で、白々しらじらとした気持になった。
人の国 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
けれどもまた恐ろしく分厚ぶあつに書き上げた著作で、上下二巻を通じて千五百頁ほどある大冊子だから、四五日はおろか一週間かかっても楽に読みこなす事はできにくい。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
部隊部隊の旗じるし馬簾ばれんなどを見ても、また勝頼の前後をかためてゆく旗本たちの分厚ぶあつな鉄騎隊を見ても、甲軍衰えたりとは、どこからも見えなかった。殊に、大将伊那いなろう勝頼かつよりの面上には
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
分厚ぶあつなもの、頑丈がんじょうなもの、健全なもの、それが日常の生活に即する器である。手荒き取扱いやはげしい暑さや寒さや、それらのことを悦んで忍ぶほどのものでなければならぬ。病弱ではならない。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
鉄のような分厚ぶあつけやきの一枚戸。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)