亜鉛トタン)” の例文
旧字:亞鉛
窓の外は隣家との境の亜鉛トタン塀で、塀の上に伸び出てる桜の梢が見えていた。直接の日光が射さないせいか、室の空気が底冷たかった。
白血球 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
すすけた破れた障子と、外側にめぐらした亜鉛トタンの垣との間はわずかに三尺ばかりしかなかった。女の苦しみ悶える声がみちの上に聞えた。
悪魔 (新字新仮名) / 小川未明(著)
亜鉛トタン屋根を抜けて真赤な焔の幕が舞い下りたと思った刹那せつな、砲身も兵も建物も、がーんばりばりと大空に吹きあげられてしまったから。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
荷物部屋らしいへやの前に来ると、ここばかりは他のへやと違って、壁が亜鉛トタン張りになっていて、やはり亜鉛トタン張りの頑丈なドアが付いている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
この現実の灰色の亜鉛トタン屋根ばかりの、それでいて尖った旧式の装飾かざり頭をつけた棟の連続、汽船の煤煙、薄ら寒い輝かぬ海港、雲の群れて曇った空
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
はかないその一鉢さえ、亜鉛トタン屋根の景色を背景にしては、毎朝開く花の色に相当深い愛着を持ったのであった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
宗助は次の間にある亜鉛トタンの落しのついた四角な火鉢ひばちや、黄な安っぽい色をした真鍮しんちゅう薬鑵やかんや、古びた流しのそばに置かれた新らし過ぎる手桶ておけを眺めて、かどへ出た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亜鉛トタンの板敷きに、べったり坐っているお銀は、少しずつ性がついて来た。笹村はじきに外へ連れ出した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
忽ち新見の台所の炊事場の上に葺いてある亜鉛トタン屋根の上を走る音がする。子供等はその方へ皆走つて行く。栄一の所へ飛び込んで来たものがある。それは林であつた。
わたくしは人に道をきくわずらいもなく、構内の水溜りをまたぎまたぎ灯の下をくぐると、いえ亜鉛トタン羽目はめとにはさまれた三尺幅くらいの路地で、右手はすぐ行止りであるが
寺じまの記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しまいには亜鉛トタンの板で張った四角しかくの箱を、カンカラといってまた背負いあるくようになっている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
道を挟んで、牡丹と相向う処に、亜鉛トタンこけらの継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、中食ちゅうじきであったらしい伏屋の残骸ざんがいが、よもぎなかにのめっていた。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本所ほんじょの寿座ができたのもやはりそのころのことだった。僕はある日の暮れがた、ある小学校の先輩と元町通りをながめていた。すると亜鉛トタン海鼠板なまこいたを積んだ荷車が何台も通って行った。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
亜鉛トタンで作つた一人寝の寝台ねだいを一つ据ゑた前に一脚の椅子と鏡とが備へてある。窓はだ一つ寝台ねだいの上のひくい天井に附けられたばかりで、寝ながらその窓をけて空気を入れられるやうになつて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
私は猶予なく三尺ばかりの亜鉛トタン壁をヒラリと飛び越すと、あたかも係りの者であるかのように落ち着いた態度で、馬をいじり初めた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
歪形いびつのペシャンコの亜鉛トタンの洗面器が一つ放ったらかしで、豆電灯まめでんき半熟はんうれの鬼灯ほおずきそのまま、それも黄色い線だけがWに明ってるだけだから驚いた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
なかばやりかかった漆喰のゆかと、チョコレート色の壁と、亜鉛トタン板を張った天井と、簡単な鉄の肋材ろくざいと、電灯と、たったそれだけの集った場所に過ぎない。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
陰惨な鼠色のくまを取った可恐おそろしい面のようで、家々の棟は、瓦のきばを噛み、歯を重ねた、その上に二処ふたところ三処みところ赤煉瓦あかれんがの軒と、亜鉛トタン屋根の引剥ひっぺがしが、高い空に、かっと赤い歯茎をいた
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江東橋かうとうばしを渡つた向うもやはりバラツクばかりである。僕は円タクの窓越しに赤錆あかさびをふいた亜鉛トタン屋根だのペンキ塗りの板目はめだのを見ながら、確か明治四十三年にあつた大水おほみづのことを思ひ出した。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
うまやの処へ行って、亜鉛トタンの壁を飛び越して中に這入って、馬の顔を撫でながら錠剤にした薬をお遣りになりました。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ああしかし、この恐るべき攻城砲が亜鉛トタン屋根の下に隠されているなんてことを、誰が知っているだろうか。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
(小さい藍色の毛虫が黄色な花粉にまみれて冷めたい亜鉛トタンのベンチに匐つてゐる…………)
桐の花とカステラ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
料理旅籠はたごは、古家ふるいえいらかを黒く、亜鉛トタン屋根が三面にうっすりと光って、あらぬ月の影を宿したように見えながら、えんひさしも、すぐあの蛇のような土橋に、庭に吸われて、小さな藤棚のげようとする方へ
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
亜鉛トタン張りのうちに這入ったが、母親はまだ睡っていたらしく、二人とも直ぐに外へ出て来た。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
灰色、灰色、灰、灰、灰、亜鉛トタン、亜鉛、亜鉛
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
タッタ今通り抜けて来た枯木林の向うに透いて見える自分の家の亜鉛トタン屋根を振り返った。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)