世間並せけんなみ)” の例文
四十の上をもう三つか四つ越したこの叔母の態度には、ほとんど愛想あいそというものがなかった。その代り時と場合によると世間並せけんなみの遠慮を超越した自然が出た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは少し冤罪えんざいであった。勿論もちろんこの銀行員の風采は、伯爵中尉と比べることは出来ない。しかし世間並せけんなみから言えば、かなりの男振りで、立派に通用するのである。
まゝはゝそだちとてれもいふことなれど、あるがなかにもをんな大方おほかたすなほにおひたつはまれなり、すこ世間並せけんなみものゆるは、底意地そこいぢはつて馬鹿強情ばかごうじようなどひときらはるゝことこのうへなし
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もし私が落着いて考へてからだつたら、何か世間並せけんなみに曖昧に、丁寧に、この問に答へたであらう。しかしどうしたのか、その答へは、私の口から知らぬ間にすべり出てゐた——「いゝえ。」
「さようさ、まず世間並せけんなみのことではありませんな。」と、影はいいました。
めては世間並せけんなみ真人間まにんげんにしなければ沼南の高誼こうぎに対して済まぬから、年長者の義務としても門生でも何でもなくても日頃親しく出入する由縁ゆかりから十分訓誡して目を覚まさしてやろうと思い
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
母もまた随分妙な事をよろこんで、世間並せけんなみには少し変わって居たようです。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
世間並せけんなみにいえば、三週間だよ」
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ところでさ、もしその女がはたしてそういう種類の精神病患者だとすると、すべて世間並せけんなみの責任はその女の頭の中から消えて無くなってしまうに違なかろう。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども、同時に、両人ふたりあひだよこたはる一種の特別な事情のため、此隔離が世間並せけんなみよりも早く到着したと云ふ事を自覚せずにはゐられなかつた。それは三千代みちよの結婚であつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
世の中が夫を遇する朝夕ちょうせきの模様で、夫の価値を朝夕に変える細君は、夫を評価する上において、世間並せけんなみの一人である。とつがぬ前、名を知らぬ前、のおのれと異なるところがない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
然し代助は此もつともを通り越して、気がかずにゐた。振り返つて見ると、うしろの方にあねあにちゝがかたまつてゐた。自分も後戻あともどりをして、世間並せけんなみにならなければならないと感じた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
だから本当を云うと、こっちから名刺でも持って訪問するのが世間並せけんなみの礼であったんだけれども、そこをついなまけて、どこが長谷川君のいえだか聞き合わせもせずに横着をきめてしまった。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しか宗助そうすけ興味きようみたない叔父をぢところへ、不精無精ふしやうぶしやうにせよ、ときたま出掛でかけてくのは、たん叔父をぢをひ血屬けつぞく關係くわんけいを、世間並せけんなみこたへるための義務心ぎむしんからではなくつて、いつか機會きくわいがあつたら
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並せけんなみにしなくちゃ、りきれない訳になる。巾着切きんちゃくきりの上前をはねなければ三度のごぜんいただけないと、事がまればこうして、生きてるのも考え物だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
岡田は単にわが女房を世間並せけんなみにするために子供を欲するのであった。結婚はしたいが子供ができるのがこわいから、まあもう少し先へのばそうという苦しい世の中ですよと自分は彼に云ってやりたかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)