鍵穴かぎあな)” の例文
それは惡魔のやうな笑ひ聲だつた——低く、おさへつけられた、そして太いその聲は、ちやうど私の部屋の扉の鍵穴かぎあなのところで聞えたやうだつた。
その朝は早くから、鍵穴かぎあなを通してKは、控えの間に特別な動きがあることを認めていたが、やがてそのわけがわかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
椅子を立ったりすわったり、ときどき社長室へ通ずるドアのところへ行って、腰をかがめて鍵穴かぎあなから中をのぞいたりした。
五階の窓:02 合作の二 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
どろぼうの手下は、そつと戸の鍵穴かぎあなからのぞいて見ますと、イドリスは、そのくるみを、かちんとたゝきわつて、こちらの鍵穴の方を見つめながら
ダマスカスの賢者 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
しかし実際は部屋の外に、もう一人戸の鍵穴かぎあなから、のぞいている男があったのです。それは一体誰でしょうか?——言うまでもなく、書生の遠藤です。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鍵穴かぎあなの眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなつてしばらく室の中をくるくる廻つてゐましたが、また一声
注文の多い料理店 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
鍵穴かぎあなから覗いたりなんかすると承知しねえぞ、坊や。」と彼は言った。で、私は二人を残して、帳場へ退いた。
かなりしばらくたっても何の音も聞こえないので、彼は音のしないように向きを変えた。そしてへやの入り口の扉の方へ目を上げると、鍵穴かぎあなから光が見えた。
やがて、ふうふう息をはずませながら、かがみ込んで、鍵穴かぎあなをのぞきにかかった。けれど、それには内側から鍵が差し込んであったので、何も見えなかったはずである。
ニールスは、かまどの上にとびあがって、パンきかまどの口をあけようとしました。と、そのとき、だれかが戸の鍵穴かぎあなかぎをつっこんで、しずかにまわす音が聞こえました。
いまはこの皇帝宮の娘である小さい少女が、夕べのかねの鳴りひびくころ、よくそこの低い小さな椅子いすこしかけています。すぐそばにあるとびら鍵穴かぎあなを、この子は露台ろだいと呼んでいます。
あくるあさると、麻糸あさいとさきはりがついたまま鍵穴かぎあなけて、そとへ出ていました。
三輪の麻糸 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
娘が失踪する数日前、彼の留守中に、彼の事務所を訪ねた一人の男が、扉の鍵穴かぎあなに一輪の薔薇がしてあって、手近にかかっている一枚の石板に「マリー」という名前が書いてあるのを見たのである。
ドアの鍵穴かぎあなからのぞいているのです。先生、もっと声を低くしますよ
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
少将は自身でも見るたびに涙のとどめがたい姫君の姿を、恋する男の目にはどう映るであろうと思い、よいおりでもあったのか襖子からかみ鍵穴かぎあなを中将に教えて目の邪魔じゃまになる几帳などは横へ引いておいた。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そうして鍵穴かぎあなから誰かにのぞかれることを防いだのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
警官けいかんはドアに近より鍵穴かぎあなから外をのぞき見しながら
鍵穴かぎあなのように、黒く、ぺしゃんこだ。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
鍵穴かぎあなの眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううとうなってしばらく室の中をくるくるまわっていましたが、また一声
注文の多い料理店 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
けれどもジャン・ヴァルジャンは鍵穴かぎあなから蝋燭ろうそくの光を見て取って、口をつぐんで探偵たんてい鋒先ほこさきをくじいた。
そのうちにただ一点、かすかな明りが見えるのは、戸の向うの電燈の光が、鍵穴かぎあなを洩れるそれであった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこをのぼると、ちやうど私の正面にあるのがテムプル先生のお室であつた。鍵穴かぎあなドアの下から、光が一すぢ洩れてゐるばかりで、深い靜けさがあたりに浸潤してゐた。
鍵穴かぎあなからのぞき、次に眼を見開き、顔をほてらせながらみんなのほうへ振り向いて、自分のところへくるように指で合図するので、みんなはそこへいってかわるがわるのぞくのだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
婿むこさんが鍵穴かぎあなから出て行ったことが、これでかりましたから、おひめさまはそのいとをたぐりたぐり、どこまでもずんずん行ってみますと、いとはおしまいに三輪山みわやまのおやしろの中にはいって
三輪の麻糸 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「これはきっといつかのおじいさんが私にくれた贈物にちがいない。」こう言って、ポケットから例の鍵を出して、戸口の鍵穴かぎあなへはめて見ますと、ちょうどぴったり合って、戸がすらりときました。
黄金鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
が、この時戸から洩れる蜘蛛くもの糸ほどの朧げな光が、天啓のように彼の眼をとらえた。陳は咄嗟とっさゆかうと、ノッブの下にある鍵穴かぎあなから、食い入るような視線を室内へ送った。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鍵穴かぎあなも見え頑丈がんじょう閂子かんぬきが鉄の受座に深くはいってるのも見えていた。錠前は明らかに二重錠がおろされていた。それは昔パリーがやたらに用いていた牢獄の錠前の一つだった。
僕はとっさに詩集を投げ出し、戸口のじょうをおろしてしまいました。しかし鍵穴かぎあなからのぞいてみると、硫黄いおうの粉末を顔に塗った、せいの低いめす河童かっぱが一匹、まだ戸口にうろついているのです。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)