邸町やしきまち)” の例文
この足袋屋は人形町のみょうが屋と同じように歴史のある家で、辰井の足袋と云えば、山の手の邸町やしきまちでも相当の信用があったものである。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
たまにはくるが、もう以前いぜんのやうにやま邸町やしきまちべい、くろべい、幾曲いくまがりを一聲ひとこゑにめぐつて、とほつて、山王樣さんわうさまもりひゞくやうなのはかれない。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
帰るとたらいを出して水をあびる。どぶに糸みみずのウヨウヨ動いているのを見つけて、家の金魚のおみやげだと掻廻かきまわす。邸町やしきまちの昼は静かで、座敷を大きな揚羽蝶あげはちょうが舞いぬけてゆく。
腺病質せんびょうしつのこどもだつた時分に、かういふ夜はよく乳母うばが寝間着の上に天鵞絨ビロードのマントを羽織はおらせて木の茂みの多い近所の邸町やしきまちの細道を連れて歩いてれた。天地の静寂は水のやうに少女を冷やした。
夏の夜の夢 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
素人家しもたや並みに小店が混っているとはいうものの、右に水野や林播磨はりま邸町やしきまちが続いているので、宵の口とは言いながら、明るいうちにも妙に白けた静けさが、そこらあたりを不気味に押し包んでいた。
火事はお邸町やしきまちだった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
近所の友だちにも別れると、ただ一人で、白いやしろの広い境内も抜ければ、邸町やしきまちの白い長い土塀も通る。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
近所きんじよともだちにもわかれると、たゞ一人ひとりで、しろやしろひろ境内けいだいければ、邸町やしきまちしろなが土塀どべいとほる。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
遠山の桜に髣髴ほうふつたる色であるから、花のさかりには相違ないが、野山にも、公園にも、数の植わった邸町やしきまちにも、土地一統が、桜の名所として知った場所に、その方角に当っては
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大通りは一筋ひとすじだが、道に迷ふのも一興で、其処そこともなく、裏小路うらこうじへ紛れ込んで、低い土塀どべいからうり茄子なすはたけのぞかれる、さびれた邸町やしきまちを一人で通つて、まるつきり人に行合ゆきあはず。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大通りは一筋だが、道に迷うのも一興で、そこともなく、裏小路へ紛れ込んで、低い土塀からうり茄子なすはたけのぞかれる、荒れ寂れた邸町やしきまちを一人で通って、まるっきり人に行合ゆきあわず。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは十町ばかりも邸町やしきまち歩行あるいて出た大川端の、寂しいしもた家だったが、「私、私は、私は(何とか)町の、竹谷のめいの娘が嫁に来たうちの、縁者のおいに当るものの母親です。」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何にも知らない不束ふつつかなものですから、余所よその女中にいじめられたり、毛色の変った見世物みせものだと、邸町やしきまちの犬にえられましたら、せめて、貴女方あなたがた御贔屓ごひいきに、私をかばって下さいな、後生ですわ、ええ。
錦染滝白糸:――其一幕―― (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もとの邸町やしきまちの、荒果てた土塀が今もそのままになっている。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)