見識みし)” の例文
いつもは見識みしらない場所へ来るとまっさきに立って駈け出すにもかかわらず、今夜はわたしの靴のかかとにこすりついて来るのであった。
そいつを、どこかで伊那の顔を見識みしっていた毛唐の一等船客が発見して、あの小僧ボーイと一所なら船を降りると云って騒ぎ出した。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、私が、自分の食べあらした皿を眺めて他人ひとごとのように感心していると、むこうの卓子テーブルから見識みしらぬ日本紳士が立ってきて慇懃いんぎんに礼をした。
市郎は彼が家出ののちに生れたであるから、相互たがいに顔を見識みしろう筈はなかったが、其詞そのことばはしよって、重蔵は早くも彼が角川家のせがれであることを悟った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ぢいてえだな、おとつゝあ」と小聲こごゑげた。それから勘次かんじのぞいて、かぎはづして這入はひつた。與吉よきち見識みしらぬぢいさんがるのではにかんでおつぎのうしろかくれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
ことに、今日このごろのように浪士狩りが辛辣しんらつになって、しかもああ顔を見識みしられていることを思えば、守人も今さらのように身内が引き締まるのを覚えるのだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
目を挙げて遥かに見しにそのヨブなるを見識みしりがたきほどなりければ、ひとしく声をあげて泣き、各々おのれの外衣うわぎを裂き、天に向いてちりきて己の頭の上に散らし
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
この時右手めてなる犬は進みよりて、「やをれ聴水われを見識みしれりや」ト、いふに聴水覚束おぼつかなくも、彼の犬を見やれば、こは怎麼いかに、昨日黒衣に射らせたる黄金丸なるに。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
手紙を持って来たのは、名は知らぬが、見識みしった顔の小使で、二十はたちになるかならぬの若者である。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
岡本は容易に坐にかない。見廻すとそのうちの五人は兼て一面識位はある人であるが、一人、色の白い中肉の品のい紳士は未だ見識みしらぬ人である。竹内はそれと気がつき
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
わが猶予ためらいたるを見て、木戸番は声を懸けぬ。日ごとにきたれば顔を見識みしれるなりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「うん、隅田乙吉だな」見識みしり越しの刑事も呻った。「どうしたのか」
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
が、これも相互たがいに顔を見識みしらなかったので、二十年ぶりで初めて邂逅めぐりあった現在の父と子が、ここたちまち敵となった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……然るにこの助太刀の二人というのが相当名のある佐幕派の浪人で、身共の顔を見識みしりおって友川の手引をしたらしいと思われたが、事実、三人とも中々の者でのう。
斬られたさに (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「何さ。為体の知れねえかさっかきだからのう、容貌そつぼう見識みしっとく分にゃ怪我はあるめえってことよ。うん、それよりゃあ彦、手前の種ってえのを蒸返し承わろうじゃねえか。」
これが苦労の一つである。またこの界隈かいわいではまだ糸鬢奴いとびんやっこのお留守居るすい見識みしっている人が多い。それを横網町の下宿にやどらせるのが気の毒でならない。これが保の苦労の二つである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「でも開けられないのですよ」帆村の見識みししの警官が云った。
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その節は場所柄とて碌々と御挨拶も致さなんだが、拙者は大泉伴左衞門橘の正連、あらためてお見識みしりくだされ。平九郎、おまへも此のお方を存じてゐる筈だな。
正雪の二代目 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
チットばかり細工はしているが、あんまり見識みし甲斐がいがなさ過ぎるじゃないか。眼付きを見ただけでも日本人とわかりそうなもんだが……アハハハ。ねえさんにも似合わない。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ナニ? 御前がお前見識みしりごしだというのか」
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
歩哨ほしょうの衛兵がると、それは陸軍の提灯で別に不思議もなかった。段々ちかづいて来ると、提灯の持主はかねて顔を見識みしっているM大尉で、身には大尉の軍服を着けていた。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その老女の家へ見識みしらない老人がたずねて来た。