蒔絵まきゑ)” の例文
旧字:蒔繪
平中はわなわな震へる手に、ふはりと筐の上へかけた、香染かうぞめの薄物を掲げて見た。筐は意外にも精巧を極めた、まだ真新しい蒔絵まきゑである。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
枕許まくらもとの、矢張やはたなにのつた、六角形かくがたの、蒔絵まきゑ手筐てばこをおけなすつたんですよ。うすると、……あのお薬包くすりつゝみと、かあいらしい爪取剪つめとりはさみ一具ひとつと、……
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しばらくするとお姫様ひめさまが、蒔絵まきゑのお吸物膳すひものぜんにお吸物椀すひものわんせ、すーツと小笠原流をがさはらりうもつて出てました。
士族の商法 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
このうるはしかたちをば見返り勝に静緒は壁側かべぎはに寄りて二三段づつ先立ちけるが、彼のうつむきてのぼれるに、くし蒔絵まきゑのいとく見えければ、ふとそれに目を奪はれつつ一段踏みそこねて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
蒔絵まきゑを造り、陶器を作り、又刀剣をもきたへた。私は此人が政治の上に発揮することの出来なかつた精力を、芸術の方面に傾注したのを面白く思ふ。面白いのはこゝにとゞまらない。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なんなら祗園ぎをんのまん中にでも、光悦くわうえつ蒔絵まきゑにあるやうな太いやつが二三本、玉立ぎよくりつしてゐてくれたら、猶更なほさら以て結構だと思ふ。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かく又案じ煩へる彼のおもておのづかうつむきぬ。問はずして知るべきにあらずと思定おもひさだめて、再び内を差覗さしのぞきけるに、宮は猶打俯してゐたり。何時いつか落ちけむ、蒔絵まきゑくしこぼれたるも知らで。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二輪にりんそら蒔絵まきゑしたほしごとく、浮彫うきぼりしたやうならべられた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
内裏雛だいりびな、五人ばやし、左近さこんの桜、右近うこんたちばな雪洞ぼんぼり屏風びやうぶ蒔絵まきゑの道具、——もう一度この土蔵の中にさう云ふ物を飾つて見たい、——と申すのが心願でございました。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
手の甲の血をひつつ富山は不快なる面色おももちしてまうけの席に着きぬ。かねて用意したれば、海老茶えびちや紋縮緬もんちりめんしとねかたはら七宝焼しちほうやき小判形こばんがた大手炉おほてあぶりを置きて、蒔絵まきゑ吸物膳すひものぜんをさへ据ゑたるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
覚束おぼつかない行燈の光の中に、象牙のしやくをかまへた男雛をびなを、冠の瓔珞やうらくを垂れた女雛めびなを、右近のたちばなを、左近の桜を、の長い日傘をかついだ仕丁しちやうを、眼八分に高坏たかつきを捧げた官女を、小さい蒔絵まきゑの鏡台や箪笥を
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)