緞帳どんちょう)” の例文
それから、「寝るぞ」と云うと、やがて静かな寝息をたてて眠りだされた。緞帳どんちょう芝居の幕は下り、劣等至極なばか騒ぎは終り申した。
若殿女難記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と、舞台の歌声とともに緞帳どんちょうがあがるが、だんだん、その白いというのが肢だけでなくなるというのが、「恋鳩」のナイトクラブたるところだ。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そのときベルが、けたたましく鳴った。ジャズにはやされて重い緞帳どんちょうが上っていった。いよいよ第四の「ダンス・エ・シャンソン」の幕が開いたのだった。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
参木はその人のながれの上に棚曳たなびいたうす霧の晴れていくのを見ていると、秋蘭と別れる時の近づいたのを感じた。彼は秋蘭の部屋の緞帳どんちょうを揺すった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ところが、喜劇に笑いこけていた見物達は、まさに第二幕目の緞帳どんちょうが上ろうとする時、実に変梃へんてこな出来事にぶつかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何でも、中村菊之丞一座というのは、上方かみがたで、遠国おんごくすじの田舎まわりをしていた緞帳どんちょうだったのが、腕一本で大坂を八丁荒しした奴等だということだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ほどなく、鎮守の社へいって見ると、歌舞伎の柱を押立てて緞帳どんちょうをつり、まわりへむしろ葭簾よしずを張りめぐらしてある。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
湧上わきあがった笑い声に気がついて見ると、あにはからんやの有様、舞台監督は狼狽あわて緞帳どんちょうをおろしてしまったが——
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
桜や紅葉の造花から引き幕緞帳どんちょうに至るまで新規に作られたということであるから、費用のほども思いやられる。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
乃ち葉巻に火を点じて俯瞰すれば、舞台の正面に紅の緞帳どんちょうを垂れ、前に欄干をめぐらせることもやはり他の劇場と異る所なし。其処に猿に扮したる役者あり。
北京日記抄 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
舞台では今し水芸の女太夫おんなだゆう白秀英はくしゅうえいが観客の大喝采かっさいをあびてサッと緞帳どんちょうのうしろに姿をかくしたところらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、その達者さのうえに、本多とは離れて、また、落ちつきがなく、根蒂こんていがなかった。泥臭く、緞帳どんちょう臭かった。——それがまた公園に人気のある所以でもあった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
眼の前に黒い雲のような緞帳どんちょうが下りて来て、佐野の姿が消えると妾は意識を失ってしまいました。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
剃髪ていはつして五郎作新発智東陽院寿阿弥陀仏曇奝しんぼっちとうよういんじゅあみだぶつどんちょうと称した。曇奝とは好劇家たる五郎作が、おん似通にかよった劇場の緞帳どんちょうと、入宋にゅうそう僧奝然ちょうねんの名などとを配合して作った戯号げごうではなかろうか。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
台所へ突進するとお米の袋をほうり出し、しばらくは凝然ぎょうぜんとして銅像の如く突っ立っていたが、やがて未練らしく米櫃こめびつふたを取って、緞帳どんちょう芝居の松王丸よろしく、怖々に内部をうかが
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
面白かったのは明治時代の小劇場、いわゆる「どん帳」で通っていたが、これは引幕、花道、回舞台禁止で幕はことごとく緞帳どんちょう、しかも相当腕っこきがそろって見巧者を喜ばせた。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
翌年の春、荘公は郊外の遊覧地籍圃せきほに一亭を設け、墻塀しょうへい、器具、緞帳どんちょうの類をすべて虎の模様一式で飾った。落成式の当日、公は華やかな宴を開き、衛国の名流は綺羅きらを飾ってことごとく此の地に会した。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そうして緞帳どんちょう芝居を三軒くらい掛け持ちをすると、ずいぶん、楽にお金がとれた。つまりこの、ちょいと常磐津をやったら、すぐ太夫になれた、またちょいと鍛帳芝居へ出たらすぐにお金がとれた。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
緞帳どんちょう芝居でたてを弾きあしまいし、ものを云うなら坐ってからにおしな、お嬢さんのいらっしゃるのが見えないのかい」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのうちに、何かの拍子ひょうしで、あたか緞帳どんちょうが切って落されたように、一ぺんに自分の過去が思い出されるかもしれないと、そこにはかない望みを残したのであった。
英本土上陸戦の前夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何しろ上方の、それも緞帳どんちょうから成り上った器用役者、あざとくって、けれん沢山で見ちゃあいられねえ——
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ああ、たしか広間サロン煖炉棚マントルピースの上に、ロダンの『接吻キッス』の模像が置いてあったじゃないか。サア、これから黒死館に行こう。僕は自分の手で、最後の幕の緞帳どんちょうを下すんだ
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
小屋の内を眺めると、何か大きな動物のあばら骨でも見るように雑な丸太組のホッ建て小屋で、無数の藁蓆わらむしろと、へんぽんたる古幟ふるのぼりとあまたのビラと、毒々しい幕と緞帳どんちょうとで粉飾されています。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
緞帳どんちょう芝居——小芝居へ落ちていた役者ものは、大劇場出身者で、名題役者なだいやくしゃでも、帰り新参となって三階の相中部屋あいちゅうべやに入れこみで鏡台を並べさせ、相中並の役を与え、たしか三場処ほど謹慎しなければ
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そうとも知らぬ二郎の前に、幾幕目いくまくめかの緞帳どんちょうが捲き上げられた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古ぼけた蝦茶色えびちゃいろ緞帳どんちょうに金文字で「銀平曲馬団」と銘がうってあったのには、夢かとばかりに驚いた。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……緞帳どんちょう芝居の役者評判か色ばなしか、近所合壁がっぺきの悪口が始まる、……恥も外聞もねえような、男も顔が赤くなるような下劣なことを饒舌って、げらげら笑って、しめえにゃアてんでんが
嘘アつかねえ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして、前方の切り穴の上を越えて、上体を額縁プロセニアムの縁から乗り出し、あわや客席に墜落するかと思われたが、その時折よく、緞帳どんちょうが下り切ったので、彼女は辛くも胸の当りで支えられた。
オフェリヤ殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
これまでなれ、聴き慣れた、科白せりふ、仕ぐさとは、全く類を異にした、異色ある演技に魅惑された江戸の観客たちは、最初から好奇心や、愛情を抱いて迎えたものは勿論もちろん、何を、上方の緞帳どんちょう役者がと
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
だが、どうしたことか緞帳どんちょうはなかなかおりてこないのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その嵐のような歓呼の絶頂ぜっちょうに、わが歌姫赤星ジュリアはパッタリ舞台に倒れて虫の息となってしまった。間髪かんぱつを入れず、舞台監督の機転で、大きな緞帳どんちょうがスルスルと下りた。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
緞帳どんちょうが大きく揺れて、座長の丸木花作が、かつらだけはずした舞台姿のままで現れた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)