ぬめ)” の例文
横にねて、ずりおりる子供の重みで、するりと半纏の襟がすべると、肩から着くずれがして、を一文字につッと引いた、ぬめのような肌が。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
犬養木堂は、憲政擁護の神様だつた頃は、人が頼むと、おいそれと気持よくぬめなり、画箋紙なりへ達者な書をかいて呉れたものだ。
ぬめを漉したやうな日光が、うらの藪から野菜畑、小庭の垣根などに、万遍なく差して、そこに枯れ/\に立つてゐる唐辛とうがらし真赤まつかいろづいてゐた。
(新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
私に短冊たんざくを書けの、詩を書けのと云って来る人がある。そうしてその短冊やらぬめやらをまだ承諾もしないうちに送って来る。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折しも庵主の露月は、茶室がかった画室に閑座して、枠張のぬめに向い一心に仕上げの筆を運んでいるところだったのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
白い仮面めんのような女の顔——バラリと黒髪がかかって、簾越すだれごしの月のように、やわらかいぬめ長襦袢ながじゅばんの中に埋まっている。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
全身に化粧をほどこしているらしく、女のからだはぬめのように白く光り、男のからだはキツネ色につやつやと光っていた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その紙も、紙とも付かねば皮とも付かぬぬめのようにピカピカとして、光沢のある薄い堅靱けんじんなものであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ぬめのような白い薄膚の下から血の色が薄桃色に透けて、ちょうど遠山の春霞のような膚の色をしている。赤銅色のあの獅子噛面がどうしてこんな娘を生んだんだろう。
顎十郎捕物帳:02 稲荷の使 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
とも知らず、金さえだせばと唐紙だぬめだと欲張った連中、規定の摺物を突きつけられて玄関でダア。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
石川杉弥は水色ぬめの小姓ばかまに波を打たせながら、こっそり深夜の表へ消え去っていきました。
喉元のどもとから胸へ流れる、嬌めかしい丸みの極まるところに、梅のつぼみのような乳首をつけてふっくりと固く盛上る乳房——どこに一点の塵もなく、ぬめのように艶々つやつやとした皮膚は
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
不図さう云ふ声が聴こえたので、酔眼を睜つて向ふのKさんの方を見ると、そこではKさんは誰か妓の一人が持つて来たらしいぬめを拡げて、それに酔筆を揮はうとしてゐるところだつた。
酔狂録 (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
多少骨っぽくなって、頭髪などもさらりとあらっぽい感じがする。羽二重や、ぬめや、芦手あしで模様や匹田鹿ひったがの手ざわりではなく、ゴリゴリする浜ちりめん、透綾すきや、または浴衣ゆかたの感触となった。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
しなやかに細い多くの線をなして麗はしく輝やかしく落下おちくだる美しさは、恰も纖く裂いたぬめを風にさらして聚散させたを觀るやうな感じである。雄偉は華嚴にとゞめをさす、妍麗は霧降を首位とする。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ぬめやかな凝脂ぎょうしは常にねっとりとその白い肌目きめからも毛穴からも男をそそる美味のような女香にょこうをたえず発散する。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝鮮の宴会でぬめを持出された事まで云わなくてはならないから、好い加減に切り上げて、話を元へ戻して、ふとった御神さんの始末をつけるが、余は切ない思いをして
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒水晶のような眼、ぬめのように白く光る胸、しなやかな腕、ヒョイヒョイとこう飛びあがるようなその歩き方は、見る人の胸の中を熱くするような悩ましい様子なんだ。
それだのに、今日の元気は大したものだ——そう言えば、それなるぬめは、何ぞ新らしい仕事かナ
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
二十一という年が躯にも感情にもあふれているようにみえる。色が白くきめがこまやかで、肌はぜんたいにぬめのような光沢をおびていた。その肌は斜めに見ると透きとおるように思える。
雪と泥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
二人寢ふたりねゆつたりとした立派りつぱなもので、一面いちめんに、ひかりつた、なめらかに艶々つや/\した、ぬめか、羽二重はぶたへか、とおもあは朱鷺色ときいろなのを敷詰しきつめた、いさゝふるびてはえました。が、それはそらくもつて所爲せゐでせう。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
有り余るものは、えたる脂粉しふんのにおいである。ぬめにしきや綾にくるまれたとげである。珠に飾られた嫉視しっしや、陥穽かんせいである。肉慾ばかり考えたがる彼女らの有閑である。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水に晒したようなぬめのたつ白い皮膚は、どこといって日焼けもせず、華奢な手は、依然として敏感そうに、すらりとしたかたちを保っている。眼の艶もそのまま、声もそのまま。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
呉羽之介はぬめの上に生々と描かれた、いつぞや等覚院へ詣る途中、池のはたではじめて露月に逢った時そのままの自分の若衆すがたをみつめつつ、まるで喪心したようになってしまいました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
肌理きめの細かい、ふっくらとしたぬめのような白い肩が……。あわれ、もう胸元まで透けて。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただ白髪にせたびんのあたりと、ぬめ襟元えりもとをちらと見たに過ぎなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)