おとな)” の例文
旧字:
そうして、突かれた紙帳は、おとなしく内側へ萎み、裾が、ワングリと開き、鉄漿おはぐろをつけた妖怪の口のような形となり、細い白い手が出た。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
呍咐いひつかつた通り云ふと、おとなしく帰つたのよ。それからお主婦さんと私と二人で散々揄揶からかつてやつたら、マア野村さん酷い事云つたの。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
が或る日この犬は突然発狂して、いつもはおとなしい犬だったのに、街中の犬に噛みつき、とうとう犬殺しに殺されてしまった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
右近将監うこんしょうげん様の御曹司おんぞうし、風流洒落の貴公子として、おとなしく殿がおわすなら、私も京伝や蜀山人の伴侶、雅号蝸牛の舎の貝十郎として
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それに又渠は、其国訛りを出すと妙に言葉がおとなしく聞える様な気がするので、目上の者の前へ出ると殊更「ねす」を沢山使ふ癖があつた。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
山内謙三は、チヨコナンと人形の様に坐つて、時々死んだ様に力のない咳をし乍ら、ずるさうな眼を輝かしておとなしく聞いてゐる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
あまり相手がおとなしいため、彼らは次第につまらなくなった。そこで彼らは城主を見棄て、また以前まえの隠れん坊をやり出した。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
生命いのちまで取るとはいわないだろう。……まあまあおとなしくしていることだ。……そうして、そうだ、どっちへ行くかおおかたの見当を付けてやろう
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『怎したけな?』と囁いてみたが返事がなくて一層歔欷すすりなく。と、平常ひごろから此女のおとなしく優しかつたのが、俄かに可憐いぢらしくなつて来て、丑之助はまた
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
蝮はしかしおとなしく、銭形模様の美しい体を、五寸ばかり懐中から抜き出して、の中でその体をテラテラ光らせ、口から緋色の舌を吐いてみせた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お定ツ子はおとなしくてなあ。」と言はれる度、今も昔も顔を染めては、「おら知らねえす。」と人の後に隠れる。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
解らないなら解らないようにおとなしく引っ込んでいるがよい。それともたって知りたいなら、いと容易たやすいことじゃ。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
楽な方へ楽な方へと廻つてばかりゐたのに比べて、齢の若いとは言ひながら、松子の何の不安も無気なげおとなしく自分の新しい境遇に処して行かうとする明い心は
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
で、おとなしく暮らさなければいけない。これこれ狼さん狼さん、むやみと人なぞへ喰い付くなよ。そうして何んだ、兎さんなぞを、追っかけ廻してはいけないよ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『今井さん、おとなしく貴方あんたと一緒に先に来れば可かつた。』へとへとに疲れたやうな目賀田の声がした。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「諏訪家の若殿頼正なら、若殿らしくおとなしくただ上品に構えてさえいれば、こんな目にも逢うまいものを」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さればといつて、別に話すでもなく、細めた洋燈の光に、互に顔を見てはおとなしく微笑ほほゑみを交換してゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
と、蛇はおとなしく、びくの中で眠ってしまう、蝮であろうとやまかがしであろうと、一度お仙の手にかかったら、その獰猛どうもうな性質がにわかに穏しくなるのであった。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は聞えぬ位に「ハイ」と答へて叩頭おじぎをすると、先生は私の頭を撫でて、「お前は余りおとなし過ぎる。」と言つた、そして卓子の上のお盆から、麦煎餅を三枚取つて下すつたが
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
可愛い色鳥! ……バタバタもがき羽搏はばたいて、鶏冠とさかくちばしなど怪我せぬよう! ……さあおとなしく巣に籠もれ!
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それで信吾は、格別の用があつたでもないのか、案外おとなしく帰ることになつたのだ。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
土子土呂之介つちことろのすけに剣を学び、天真正伝神道流では万夫不当ばんぷふとうだということや、利休好みの茶の十徳じっとくに同じ色の宗匠頭巾、白の革足袋に福草履、こういうおとなしい風采みなりをして
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『山内さんよ。』と、静子はおとなしく答へて心持顔を曇らせる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
一通の大道が町を貫き「聖壇」の下まで通じていたが、そこを歩いている牛馬の類、犬や鶏さえおとなしやかである。道に添って川が流れ、川岸には夏草が花咲いている。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『真佐子さんは少し藪睨みですね。おとなしい方でせう。』
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「小次郎、わしもきに帰る。お庭などあまり歩き廻らず、供待ちにおとなしく待っているがよいぞ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『それからまだ有りますよ。』多吉はおとなしく言つた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「わしをあの時ひつの中へ入れて、菊女はこう云って行ったのだよ。『すぐに帰って参りますゆえ、わたくしが帰って参りますまで、おとなしくしておいでなさいまし』って」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おとなしく膝組みで話し合ってね。そうして沢山の人の中には、お前達もまじっていなければならない。……それはとにかくお前達については、ご重役衆にお願いして置いた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は末児すえこでございましたから幼時ちいさいときから可愛がられましたけれど、体が余り丈夫で無いのと性質がおとなし過ぎましたので軍人好みの父からは不甲斐無い者に思われていました。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
仕方がねえからおとなしくしていよう。……だがそれにしても泥棒どもは、どこに何をしているのだろう? 姿を見せないとは皮肉じゃあないか。ひどく薄っ気味が悪いなあ。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すぐに突き飛ばされ意気地いくじなくよろめいたが、一緒に小屋の片隅へ集まりそこへおとなしく跪座つくばった。そうしてそこから焚火越しに山吹の顔を見守った。一人の女と五匹の狼。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
場所は庭の中のちんである。すぐ側に恋人が坐っている。美しい夕月のよいである。二人の他には誰もいない。……しかし、彼女は処女であった。そうして性質はおとなしかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あっ、不可いけない、十人とは無いや」ういうことを心の中で、往々考える傲慢な私も、小酒井不木氏の前へ出ると、おとなしい中年の紳士となり、カウスの先を揃えるのである。
小酒井不木氏スケッチ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「何を愚図愚図ぐずぐず申しておるぞ!」長者は憎々しく怒鳴り立てた。「おとなしく各自めいめいへやへ帰って、鳰鳥の行くのを待つがいい! 鳰鳥の言葉はわしの言葉、決して抗弁はならぬぞよ!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「たしかにそうだとは思ったが、何しろ様子が変っているだろう。おとなし作りのお嬢さん、迂闊うっかり呼び掛けて人ちがいだったら、こいつ面目めんぼくがねえからな。それでここまでつけて来たのさ」
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
弥兵衛は町人のせがれであり、母一人に子一人の境遇、美貌であり品もありおとなしくもあったが、どっちかといえば病身で、はげしい商機にたずさわることが出来ず、家に小金があるところから
一枚絵の女 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると老人は萎びた顔へ颯と血の色を浮かべたが、思い返えしておとなしい声で
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なだらかに通った高い鼻、軽くとざされた唇がやや受け口に見えるのがおとなしやかにもあでやかである。水のように澄んだ切れ長の眼が濃い睫毛に蔽われたさまは森に隠された湖水とも云えよう。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
メッカチでビッコで馬ア悪いが、その代りおとなしい牝馬で、振り落とすような事アねえ。……ソレ馬には乗って見ろ、女には添って見ろッていうじゃアねえか、坊さんだろうと女ほしかろう。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ジョン少年はおとなしく、祭司バタチカンの側へ行き、坐って話を聞こうとした。
上様に逢わせようといいさえすれば、いつまでもおとなしいお浦だからであった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頓狂者とんきょうものの珍斎が、さかずきの酒をこぼした罪で、二つない首を打ち落とされ、また、一昨日おとといは三弥様が——ご縹緻きりょうのよかったお小姓の、しかもおとなしい三弥様が、捧げていたお刀を落としたというので
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「お化師匠」の事件では、おとなしい「蛇」によって手蔓を得「筆屋の娘」の事件では、一本の「筆」によって手蔓を得又「少年少女の死」の、その上の部の事件では、「手拭」一筋から手蔓を得た。
半七雑感 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あまりお姉様がおとなしく、お小言おっしゃらないからでございますわ」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「で、どうだな、海賊どもは、おとなしかったかな、乱暴だったかな?」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「私達がおとなしくしていれば、いつまでも現状はつづいて行きます」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかし性質はおとなしかった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「飛んでもないことでございます。何んのそんなことがございますものか。兄は善人でございます。よい人間でございます。私とちがっておとなしくもあり、宿の人達には誰彼となく、可愛がられておりました。……だが、ここにたった一つ……」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)