矢筈やはず)” の例文
人々がかたずをのんでみつめるまに、矢筈やはずつるにかけた蔦之助は、にきらめくやじりを、虚空こくうにむけて、ギリギリと満月にしぼりだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あそこに茂った矢筈やはずぐさが、兎角とかくそこらにはびこりますが、いささかのこしてそのほかを刈りとりましてよろしゅうござりますか?」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ただならぬ狼狽ろうばいの影が差したけれども、「いやガリバルダさん、やじり矢筈やはずを反対にしたら、たぶん、弩のいとが切れてしまうでしょうからな」
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
貴女きじょは?」と正次は驚きながら訊ねた。訊ねながらも油断無く、ゆみ矢筈やはずをパッチリと嵌め、脇構えにおもむろつるを引いた。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わったことのおおせかな。お夏さんはッと見ている。帯も襟も、顔なんざその夕日にほんのりと色がさして、矢筈やはずの紺も、紫のように見えましたがね。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ある日、葉子は、ねずみ矢筈やはずつながった小袖こそでに、地の緑に赤や代赭たいしゃ唐草からくさをおいた帯をしめて、庸三の手紙をふところにして、瑠美子をつれて雪枝を訪問した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ね、親分。この矢をの下でよく見ると、矢筈やはずの下のうるしの上に、金文字で『岡三』と書いてありますよ」
銭形平次捕物控:315 毒矢 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
三行書みくだりがきの中奉書はの年の七夕たなばた粘墨ねばずみに固まりてれたる黒毛にかびつきたるは吉書七夕の清書の棒筆、矢筈やはず磨滅まめつされたる墨片は、師匠の褒美ほうびの清輝閣なり、彼はえり
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
更紗さらさの小風呂敷包に油紙の上掛うはがけしたるを矢筈やはずに負ひて、薄穢うすきたな護謨底ゴムぞこの運動靴をいたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
佐藤刑事は県下矢筈やはず町に出張中、山田刑事は病気のため欠勤中とのこと。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
今その話を聞くに、右の学生はこのころ暑中休暇を得て帰村せんとする途次、右の村と小浜村との間なる山中あざ小田山の頂上、矢筈やはずの下手辻と称する坂道において、一人の男、野に倒れおるを見たり。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
陸前石巻町大字港に矢祭石一名矢筈やはず石がある。袋谷地という所の小流のほとりで小石が多い。八幡太郎の軍士おのおの矢を投じて川の神を祭りしに、その矢石に化したりという口碑がある(封内風土記)。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
弓も矢筈やはずも、水のようにしずまりかえって、微動さえしない。
用具はいずれもマホガニー製で、床は矢筈やはず組樫木張で、その上に高価なカーペットが、ずっと敷きつめてありました。
その刺叉形さすまたがたをした鬼箭おにやが、かと棧の間に喰い入っていたので、また後尾の矢筈やはずに絡みついている彼女の頭髪も、これまた執拗に離れなかったので
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ある日の午後、葉子は庸三ようぞうの同意の下に、秋本の宿を訪問すべく、少し濃いめの銀鼠地ぎんねずじにお納戸色なんどいろ矢筈やはずつながっている、そのころ新調のお召を着て出て行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「おじさん」と刹那せつなに、若者のほうも、落着いたらしく、つる矢筈やはずはずして。「ごめんなさい。おじさん達は、旅の衆だね。北京府ほっけいふ捕方とりかたじゃあなかったんだね」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紺地に白茶で矢筈やはずこまかい、お召縮緬めしちりめんの一枚小袖。羽織なし、着流きながしですらりとした中肉中脊。紫地に白菊の半襟。帯は、黒繻子くろじゅすと、江戸紫に麻の葉の鹿の子を白。は縮緬の腹合はらあわせしんなしのお太鼓で。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蔦之助も、めぐりぞったこのれの場所ばしょで、いま、鏑籐日輪巻かぶらとうにちりんまき強弓ごうきゅうにピッタリと矢筈やはずをかましたしゅんかん、なんともいえない爽快そうかいな気持がむねいっぱいにひらけてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やじりは青銅製の四叉になっていて、こうのとりの羽毛で作った矢筈やはずと云い、見るからに強靱兇暴をきわめ、クリヴォフ夫人を懸垂しながら突進するだけの強力は、それに十分窺われるのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「さよう、あのとがった山が矢筈やはずたけ、その右手のがやまとかいいましたよ。まア名なんぞはどうでも、あのひだになっている山のしわが、なんともいえない深味のある色じゃございませんか」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)