白蝋はくろう)” の例文
だが、その美しさも、いじらしさも、つかで、橙の黄なる空の色が、白蝋はくろうの白きに変る時分に、山々は一様に黒くなりました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
サンプリス修道女は白蝋はくろうのようにまっ白な女であった。ペルペチュー修道女と並べると、細巻きの蝋燭ろうそくに対する大蝋燭のように輝いていた。
平生顔の色など変える人ではないけれど、今日はさすがに包みかねて、顔に血のが失せほとんど白蝋はくろうのごとき色になった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しっかと刀の柄をにぎったまま白蝋はくろうのような横顔をのぞかせて、あのうつくしい若さまはうつぶせになって、こと切れているではありませんか。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「もうこれでよし」と、自信ありげに、ひとつぶやいた。ややあって、陳君の屍骸の白蝋はくろうのような顔に、一抹いちまつの血がのぼると
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
おもて白蝋はくろうのように色澄んで、伏目で聞入ったお澄の、長い睫毛まつげのまたたくとともに、とこに置いた大革鞄が、揺れて熊の動くように見えたのである。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その髪の毛を、掻きよせてみると、どうだろう、白蝋はくろうみたいな女の頬は、ニッと、笑靨えくぼかんでいるのだ、いかにも、死を満足しているように——。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人も綾子も、白蝋はくろうのように青ざめていた。主人も妙な顔をして、物忘れでもしたようにぼんやりしていた。気のせいか天井の電燈がひどく薄暗くなっていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
覆いを取ると、斬られて死んだ者によくある、白蝋はくろうのような感じのする顔で、年の頃三十五六、神経質な口やかましい女ということは、八五郎にもよく受取れます。
胸が豊かで、膝から下の足が素直に延びているお蘭の体は、湯から出ている胸から上は瑪瑙色めのういろえていたが、胸から下は、白蝋はくろうのように蒼いまでに白く見えていた。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
白蝋はくろうのような頬にも、のびやかな眉にも、赤みの失せた唇にも、苦痛の色はいささかもなく、まるで眠りながら微笑しているような、おちついた安らかな顔つきであった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
よい白蝋はくろうを煮とかして、壺ようの器に入れてあり、それに「単膏」という札がってありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
希臘ギリシャ彫刻ちょうこくで見た、ある姿態ポーゼーのように、髪を後ざまにれ、白蝋はくろうのように白い手を、後へ真直まっすぐらしながら、石段を引ずり上げられる屍体は、確に悲壮ひそう見物みものであった。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
灯という灯はどれも白蝋はくろうのヴェールをかけ、ネオンの色明りは遠い空でにじみ流れていた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
白蝋はくろうの御両頬には、あの夏木立の影も映らむばかりでございました。そんなにお美しくていらっしゃるのに、縁遠くて、一生鉄漿かねをお附けせずにお暮しなさったのでございます。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
ふと目に着いたものは白蝋はくろうのような色をした彼女の肉体のある部分に、真紅しんくに咲いたダリアの花のように、茶碗ちゃわん大にり取られたままに、鮮血のにじむすきもない深いきずであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
すんなりと伸びた白蝋はくろうのような水着一つの美少女が、砂地に貼つけられたように寝ていると、そのむき出しにされた、日の眼も見ぬ福よかな腿のふくらみが、まだ濡れも乾かずに
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
弔砲ちょうほうが鳴つて、非常な盛儀であつた。あのまま息を引きとつた彼女の顔は、ガラスのひつぎのなかで白蝋はくろうのやうに静かであつた。僕は純白の花束を、人々の後ろから墓穴のなかへ投げてやつた。
わが心の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その傍にはもう一つ小さい台があって、キラキラ光る大小さまざまのメスが並んでいた。解剖台の上には白蝋はくろうのような屍体が横たわっているが、身長から云ってどうやら少年のものらしい。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
恐怖きょうふ好奇こうきの無言のうちに、四人は死体のほうへすすんだ。死体は十数メートル先にほの白く光っていた。みだれたかみ白蝋はくろうの顔にへびのようにくっついている。ぞっと戦慄が身内を走った。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
つばきの葉を見るような、厚い革質のくすんだ光沢つやがあって、先端の丸い、細長い楕円形の葉を群がらしている。その裏返しになったところは、白蝋はくろうを塗ったようで、赤児の頬の柔か味がある。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
見ればその青ざめた白蝋はくろうのような頬に、一筋サッと真赤な糸が伸びて、そこから濡紙にインキが浸み渡りでもするように、見る見る血のりが頬を濡らして行く。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
兵書には蝮蛇まむし茯苓ぶくりょう南天なんてんの実、白蝋はくろう、虎の肉などを用い、一丸よく数日のうえを救うと言われている
きょうは膏薬の原料を拵えるというと、外へ火を持出して、なべ白蝋はくろうを入れて煮立てます。外にも何か這入はいるのかも知れません。十分に溶けた時に鍋を下して、さめてから器に入れて置きます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
解消すると、この白蝋はくろうのような顔が、忽ち紅潮してくれるだろう
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
水気をもったような顔も、白蝋はくろうのように透きとおって見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
白蝋はくろうがいッぱい詰まっています」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
虎の鼻面はなづらがすぐ眼の前に迫っても、声も立てなければ、身動きさえもしなかった。その白蝋はくろうのように美しい肌の上に、一条の血汐ちしおが、赤いへびとなってからみついていた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
たしなみの良い娘の死骸は、半身あけに染んで、二た眼と見られない痛々しい姿ですが、よく化粧した顔は白蝋はくろうのようにあおずんで、なんとなく凄まじい美しさがあるのです。
遺骸いがいにはさっぱりした羽二重はぶたえの紋附がせてありましたが、それはお兄様の遺物でした。納棺の時に、赤い美しい草花を沢山取って来て、白蝋はくろうのような顔の廻りを埋めたのが痛々しく見えました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
その白蝋はくろうのようなからだのうちに、ただ一か所美しくないところがあった。蘭子を殺したものは、美しくない部分であった。のどのところにパックリと口をあいた赤黒い傷痕きずあと
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)