無稽むけい)” の例文
こういう見方はしかし、実はそれほど無稽むけいなものでないということは、すでに自分のみならず、他の人もしばしば論じたことである。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
又婦人は年若き男子に文通す可らずと言うが如き、無稽むけいも亦甚し。人事忙しき文明世界に文通を禁じられて用を弁ず可きや。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
編集者や読者は、かれの作品を荒唐無稽むけいな純空想の産物と考えていた。現実とはなんの関係もない作りごとと考えていた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それはまったく荒唐無稽むけいな事柄の連続であって、おかしな結婚、死人、裁縫女、王侯、滑稽こっけいなまた時には猥褻わいせつな事柄、などが問題になっていた。
おそらくは無望塔むばうたふにやあらん。住僧の心にはしぬがいやさに無望塔のぞみなきたふなるべし。こゝに無稽むけい一笑いつせうしるして博識はくしき確拠かくきよつ。
「つまらない伝説ですよ、本所のおいてけ堀のたぐいで、どこにでもそんな無稽むけいな話はあるもんです、だって」
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ヘッケルの時代にはもちろんのこと、それを読んだ私たちの高等学校時代の頃でも、それは精密科学の立場から見れば、全くの荒唐無稽むけいな空想にすぎなかった。
簪を挿した蛇 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
さら印度いんどくと、印度いんどほとん化物ばけもの本場ほんばである。印度いんど地形ちけい支那しなおなじくきはめて廣漠かうばくたるもので、そのやぶがあるといふごとき、かならずしも無稽むけいげんではない。
妖怪研究 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
そこにいろんな無稽むけいの揷話が付随してくるのは当然で、ことに、犯罪者には、いよいよとなると自己を英雄化して飾ろうとする妙な共通心理があるものとみえる。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
多少、心ある者は、一笑に附して顧みざるべきほどの無稽むけいの言葉であるにかかわらず、それを信ずるものが少なくなかったということは、今も昔も変ることがありません。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
云うまでもなく、ディグスビイの無稽むけいな妄想と僕の杞憂きゆうとが、偶然一致したのかもしれません。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もっとも太子に対し後世の仏家が附会した伝説は実に多く、中には仏教徒の自己弁護のためと思われるものもすくなくない。しかし伝説のすべてを無稽むけいとし迷信とするのは誤りであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
僕があなたを殺すんだつて、あなたを殺しかけてゐるつて? そんな言葉は使ふべきでない——亂暴な、女らしくない、無稽むけいな言葉だ。それは不運な心の状態をあらはしてゐる。
その大事を目睫もくしょうにひかえて、先にもいったとおり、殿には無稽むけいな伝説などにとらわれて、心神衰耗しんしんすいもうの御容態、また折も折に、俵一八郎の死と築城中の出丸やぐらの崩壊とが暗合したので
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陸地至るところに温泉の湧くことを思えば、それも無稽むけいの説ということは出来まい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そのような無稽むけいな申し立て、此処では通らぬぞ、察するにその方、僧侶の身にあるまじき殺生せっしょうを犯した故、死者の妄執もうしゅう晴れやらず、それへとどまっておるに相違あるまい、ところの法に照らして所刑しおきする
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
未来の可能性は、それがどんなに現在の凡人に無稽むけいに見えても実は現在の可能性のほんのわずかの延長にしか過ぎないからである。
科学と文学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
おそらくは無望塔むばうたふにやあらん。住僧の心にはしぬがいやさに無望塔のぞみなきたふなるべし。こゝに無稽むけい一笑いつせうしるして博識はくしき確拠かくきよつ。
そういうことについて、彼女はまったく荒唐無稽むけいなつきない話を作りだしていた。馬鹿な作り話だとは自分でも知っていたが、しかしそう認めたくなかった。
身体を犯すの病毒はこれを恐るること非常にして、精神を腐敗せしむるの不品行は、世間に同行者の多きがためにとて自らこれを犯して罪を免れんとす。無稽むけいもまた甚だしというべし。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その無稽むけいであることはいふまでもない。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
しかしそのような著しい地殻の古きずが現在の歪に対して時々過敏になりうるであろうと想像するのは単に無稽むけいな空想とは言われないであろう。
怪異考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
あらゆる考えを吸い尽す情欲の渦巻うず。暗夜のうちに転々する陶酔せる世界の、狂暴無稽むけいなる「法則」……。
三千年前の項羽こううもって今日の榎本氏をせむるはほとんど無稽むけいなるにたれども、万古不変ばんこふへんは人生の心情にして、氏が維新いしんちょうに青雲の志をげて富貴ふうき得々とくとくたりといえども、時にかえりみて箱館はこだての旧を思い
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そんな無稽むけいな夢を描かなくても、科学とその応用がもっと進歩すれば、生きた歯を保存することも今より容易になり
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして話の相手どもを、その主義の荒唐無稽むけいな激越な極端にまで押し進めて、意地悪い喜びを味わった。彼が真面目まじめに口をきいてるかどうかはさらにわからなかった。
なおはなはだしきは、医は意なりと公言して、医術は憶測に出ずるものかと誤まりしたため、無稽むけいの漢薬を服して自得する者あり。その愚の極度にいたりては、売薬をなめて万病を医せんと欲する者あり。
物理学の要用 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
一見どんなに荒唐無稽むけいに見える空想でも現在の可能性の延長として見たときに、それが不可能だという証明はできないという種類のものもずいぶんある。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
信じていて、幸福は彼女においては、全的な荒唐無稽むけいな信仰であり、宗教的な信仰であった
それで、この国曳くにびきの神話でも、単に無稽むけい神仙譚しんせんだんばかりではなくて、何かしらその中にる事実の胚芽はいがを含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。
神話と地球物理学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そのうちでもっともおもなものは、荒唐無稽むけいな恋愛であって——(彼はいつもそんなことを空想していた)——それが頭につきまとい、他のすべてのことにたいして盲目となり無関心となっていた。
あらゆる先入観念を捨て、あらゆる枝葉の利害を除いて最も本質的にこの問題を考えてみたならば、私がここに言っていることが必ずしも無稽むけいなものでない事が了解されはしないかと思う。
一つの思考実験 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
理論上それほど無稽むけいなものではあるまいと思われる。