なず)” の例文
この疑問は一応当然の疑問であるように見えるけれども、結局は事物の外観になずんでそれの本質を究めようとしない者の言に過ぎない。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
されど蕪村の句その影響を受けしとも見えざるは、音調になずみて清新なる趣味を欠ける和歌の到底俳句を利するに足らざりしや必せり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
学者が学問になずみ、「学の蔽」(山鹿素行『聖教要録』)を覚らず、学が「知の戦」(西周『知論』)であることを忘れるという欠陥が
世界の一環としての日本 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
章一の幸福に満ちたたとえば風船玉のふわりふわりと飛んでいるような頭の一方のすみには、編輯長の怒りに対する恐れが黒い影となってなずんでいた。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
秋の木の葉が風に舞うように、春の胡蝶こちょうが花になずむように、自由自在に空に向かって高くも低くも飛ぶことが出来る。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大広間にはもうがくの音が漂い、舞踏がはじまっていた。官舎の生活になずんでいた身には、ここの燭火も色彩も音楽も物の響きもあまりに印象が烈しすぎた。
皆一列になまぬるい拍子を喜ぶ様になって、甚しいのは、前にも言った新古今あたりになずみ寄ろうとして居る。
歌の円寂する時 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
だ山が広くつ深いことを示すに挙げたので、此場合之になずむ必要の無いことは、三繋平を甲信武三州の界とした記事にかかわる必要の無いのと同じであろう。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
これ皆町の息子親の呼んで当てがう女房を嫌い、傾城けいせいなずみて勘当受け、跡職あとしきを得取らずして紙子かみこ一重の境界となるたぐい、我身知らずの性悪しょうわるという者ならずや
されども世俗の見解けんげにはちぬ心の明鏡に照らしてかれこれともに愛し、表面うわべの美醜に露なずまれざる上人のかえっていずれをとも昨日まではえらびかねられしが
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
封筒の表書うわがきは上等の唐墨で、筆跡も書家風というよりは、古法になずまないインテリ風で、中の文句に至っては、決して気違いや不良少年の仕業しわざではありません。
笑う悪魔 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
古くなずんだ仕来りによって、「殿——」と仰がれていたその人の胸のうちほど複雑なものはあるまい。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
って行く。あしが地になずんで、うごきするごとに痛さはこらえきれないほど。うんうんという唸声うめきごえ、それがやがて泣声になるけれど、それにもめげずにって行く。やッと這付はいつく。
また、「いき」は色気のうちに色盲しきもうの灰色を蔵している。色にみつつ色になずまないのが「いき」である。「いき」は色っぽい肯定のうちに黒ずんだ否定をかくしている。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
雪舟せっしゅうとか光琳こうりんとか文晁ぶんちょうとか容斎ようさいとかいう昔しの巨匠の作になずんだ眼で杓子定規に鑑賞するから、偶々たまたま芸術上のハイブリッドを発見しても容易に芸術的価値を与えようとしない。
しかるにかのわが邦の人士は小成に安んじ、小庸になずみ、みずから揚々然として得たりとし、わが事業終われり、残躯天の許すところ、楽しまずんばまたいかんせんと謡うものあり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
悉ての者は数百年も、もつと前からもの伝習と迷信になずんだ虚偽の生活の中に深く眠つてゐた。偶々たまたま少数の社会主義者達が運動に従事しようとしても、芽ばえに等しい勢力ではどうする事も出来ない。
乞食の名誉 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
凡庸とはいいながら小智こざかしやからが、皇国の古伝説をはじめ、漢説、仏説、蘭説などをも麤々そそ聞きとりて、さすがに仏説などにはなずまざれども、その諸説の是非、当否を分別することあたわざるがゆえに
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
いたずらに新にはしるも不可なれば、徒に旧になずむるまた不可である。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
されど蕪村の句その影響を受けしとも見えざるは、音調になずみて清新なる趣味を欠ける和歌の到底俳句を利するに足らざりしや必せり。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
風俗を見ることは、之になずむことに終る方が多いというのが、風俗感覚の芸術的弱点だ。夫は一般に感覚主義や又狭くエロティシズムの弱点ともなるものである。
思想と風俗 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
現に、時に誇る藤原びとでも、まだ昔風の夢になずんで居た南家の横佩よこはき右大臣は、さきおととし、太宰員外帥だざいのいんがいのそつおとされて、都を離れた。そうして今は、難波で謹慎しているではないか。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)