沽券こけん)” の例文
「武蔵ひとりを討つのに、仰山すぎる。たとえ、仕果しても、あれは大勢で討ったのだといわれてはおれの沽券こけんにもかかわるからな」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
探偵作家として特殊扱いにされるのが、芸術家としての沽券こけんに関するとでも思ったのだろう。そんなことをそうとう気にする男である。
江戸川乱歩 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
けれども若しそんなことで僕が悪びれたりしたなら、その小さな店で敢闘している彼女に対しても、男子の沽券こけんにかかわることだろう。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
使いますのは、酒買いに行く小狸のいたずらで、わたしどもは、そんな見識けんしきのないことはいたしません。禿狸の沽券こけんにかかわります
目黒の与吉は、何が何やら解らない様子で、ぼんやり二人の話を聴いておりましたが、気が付くと沽券こけんかかわると思ったものか
この米友をさえ怖れなかった猿どもが、この間抜けた男が来たために逃げ出したとすれば、米友の沽券こけんにかかわらないという限りはない。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
角井は玄竜とはU誌の会で一二度会ったきりで、そうこんな男に馴れ馴れしくされては自分の沽券こけんに関ると考えるのだった。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
その代りにまた、失恋した人、きらわれた男ときくと、その人を見下げないと、自分の沽券こけんにさわるように見もしかねない。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
残酷なようであるが、限られた人数にんずで限られた時間に仕事をしなければ、機関長の沽券こけんにかかわるんだからむを得ない。
難船小僧 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
頁が足らんからと云うて、おいそれとかめからい上る様では猫の沽券こけんにも関わる事だから是丈これだけ御免蒙ごめんこうむることに致した。
なれなれしすぎはすまいか、こんなことをしては自分の沽券こけんにかかわりはせぬか、などといった杞憂きゆうに阻まれてしまう。
外套 (新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
自信も何も無いくせに東北地方第一という沽券こけんにこだわり、つんと澄ましているだけの「伊達のまち」のように自分には思われたのだが、しかし
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「関東の掏摸は、一度狙ったホシは外さねえんだ。外したら、沽券こけんにかかわる。昨日はドジを踏んだが、今日は思いを遂げるんだ。ざまあみやがれ」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
それにもかかわらず、料理人は自分の苦労の足りなさを棚に上げて、飯を炊くということは、なにか自分の沽券こけんにかかわるもののごとく考えているらしい。
お米の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
立て込んだ客の隙間すきまへ腰を割り込んで行くのも、北新地の売れっ妓の沽券こけんかかわるほどではなかった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
といってむやみに二流三流の家へ交渉することは家の沽券こけんがゆるさなかった。どうにかして、娼妓を三人見出すことが出来た。彼女はすぐに来るように急きたてた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
まとまりのつかない所をねらったのだといえばそれまでだが、それでは画家の沽券こけんに関するだろう。
レンブラントの国 (新字新仮名) / 野上豊一郎(著)
「さあさあ、出てけ出てけ。君みたいな芸なしトーロに稼がれてちゃ、沽券こけんに係わるよ。さあ、出ろヴアツ・セ・エンポーラ!」
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いやしくもおまえさんが押しも押されもしない書画屋さんである以上、書画屋という商売にふさわしい見識を見せるのが、おまえさんのほまれにもなるし沽券こけんにもなる。
ドモ又の死 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
お客のお供をして二階でも通る時に花魁から表徳さんとでも声をかけられゝば強気とわっち沽券こけんが宜しいじゃ有りませんか、だから師匠がくならあとからいて往ってサ
自分の沽券こけんをあげるらしく思われる弟子に限って教育を与えることを以て面目とし、今日にあってもよき芸術家や工匠は、彼等自身が名声を博す番が来る迄は、一般的に
その湯でれた毒入りの茶を、一杯また一杯と重ねながら、つい今しがたまでジノーヴィー・ボリースィチは、どうにか一家のあるじの沽券こけんをみずから慰めていたものだったが
彼等を見ていたのを見つけられては自分の沽券こけんにかかわるような気がしたからである。
自分の目算通もくさんどおりに、信州追分おいわけの今井小藤太の家に、ころがり込むにしたところが、国定村の忠次とも云われた貸元が、乾児の一人も連れずに、顔を出すことは、沽券こけんにかかわることだった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あんな男を泊めると沽券こけんを落とすからね。」
義経の沽券こけんにかかわる。
目黒の與吉は、何が何やら解らない樣子で、ぼんやり二人の話を聽いて居りましたが、氣が付くと沽券こけんかゝはると思つたものか
「草笛もだが——もっと若いきれいなのも三人ほど加えて行った方がいい。ケチなと思われては、おれの沽券こけんにかかわるからな」
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
場代が高いと言ってしりごみをして、この珍しいものを見ないで帰るのは、たしかに江戸っ児の沽券こけんさわるとりきみ出すものが多くありました。
ことに相手が野蛮な野球のチャンなんかでは、真面目にからかうのさえ、沽券こけんにかかわるとさえ思ってたんですから。
アパートの殺人 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
沽券こけんにかかわると思って、とっさのうちに芝居の作用という珍奇な言葉を案出して叫んだのではないかと思われる。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
独博奕ひとりばくち雁木鑢がんぎやすりという奴で行き戻り引っかかるのがこの市場商売の正体で、それでもノホホンで通って行くところが沽券こけんと申しますか、顔と申しますか。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
江戸えどの味覚は、浅草山谷にとどめを差すように、会席料理八百善の名は、沽券こけんが高かったのだった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……おれの口から頼みます願いますでは、天下の与力筆頭の沽券こけんにかかわる。
「木下殿には、今では、台所奉行というお役。このがんまくは、以前に変らぬ草履取。あなたの沽券こけんにかかわりましょう」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そう言われるとこっちも同じことだ、これを持って帰らねえと七兵衛の沽券こけんが下る、まあまあ兄貴に譲れ」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三番立て投げなどを喰はされては、親分の平次の沽券こけんかゝはるだけのことです。
ウッカリ云い出して「別に雇った訳ではありませんが」とか何とかフワリと遣られたら、れっ枯らしの沽券こけんかかわるばかりじゃない。折角せっかくあり付きかけた明日のオマンマがフイになる。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ところが、自分の召抱えている田楽女でんがくひめの……それも小娘ずれのそなたにだけは、したたか、道誉の沽券こけんをきずつけられた。忘れようにも、ともすれば、忘れられぬ
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いかに乗り気になったところで乗出した以上は物笑いになるようなことをしでかして、江戸ッ児の沽券こけんを落したくはない。乗り気にはなっているがはしゃぎはしない。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一依旧様いちいきゅうよう、金銭、名誉なんどは勿論の事、持って生れた忠君愛国の一念以外のものは、数限りもない乾分こぶん、崇拝者、又は頭山満の沽券こけんと雖も、往来の古草鞋わらじぐらいにしか考えていないらしい。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「十手捕縄には仔細しさいは無いが、江戸の色男の沽券こけんに拘わりますよ」
「ひどく沽券こけんをおとしたものだなあ。あんなに弟子がいて、一人も刃の立つ野郎はいなかったのかしら」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旗本の沽券こけんがものを言えばこそのことだ、おれは外藩の又者共が、のさばり返る世の中に生きちゃいられねえ、忠義じゃない、意地だ、徳川のために死ぬんじゃない
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と同席するさえ、自分の沽券こけんにかかわるように、董卓はいうとすぐ帷幕いばくのうちへ隠れてしまった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あんまりしゃくにさわるから、その後、なんとかあの能登守に、いたずらをしかけて溜飲を下げてやらなくちゃあ、七兵衛はいざ知らず、がんりきの沽券こけんが下るからと、いろいろ苦心はしてみたけれど
牢頭という沽券こけんの手前、わしもその日までは、猿に対して、白眼視していたが、猿がほんとに、明日限りこの牢から姿を消すかと思うと、たまらない淋しさと絶望にさいなまれた。
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
がんりきの沽券こけんにかかわります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
美味い物食ひを追ふ食通などは、おほむね“つう沽券こけん”と“通のジレンマ”ばかり食べてゐるやうなものだ。醍醐味は、苦勞の遊戯にあると云ふならそれも遊びで結構なことだ。
折々の記 (旧字旧仮名) / 吉川英治(著)
これでは、天城四郎たる者の沽券こけんはない。彼は足蹴にされたよりも大きな侮辱を感じて、いちいち範宴のことばに腹が立った。ことばすずしく自分を揶揄やゆするものであると取って
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)