いばら)” の例文
露にぬれた牧場の草を踏み分け、蜘蛛くもいばらを払ひのけながら、メンデルの峠へ通じる自動車道の、とあるカーヴへ姿を現はしました。
けむり(ラヂオ物語) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そこにはいばらが茂って、青麻頭せいまとうといわれている促織がかくれ、傍に一疋のがまが今にも躍りあがろうとしているようにしていた。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
縛られた耶蘇イエスがピラトの前に引出されて罪に定められ、いばらかんむりを冠せられ、其面に唾せられ、雨の樣な嘲笑をびて、遂にゴルゴダの刑場に
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
一径いっけいたがい紆直うちょくし、茅棘ぼうきょくまたすでしげし、という句がありまするから、曲がりくねった細径ほそみちかやいばらを分けて、むぐり込むのです。
幻談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二人はあざやかに逃げ去りましたが、最後のひとりは戸惑いして、土手のいばらに首を突ッ込み、まごまごしている様子なので
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吾子が受領すべきは、くろき衣と大なる帽となり。かくて後は、護摩ごま焚きて神に仕ふべきか、いばらの道を走るべきか。そはかれが運命に任せてむ、とのたまふ。
サント・シャペル会堂の黄金彫りの尖頂せんちょうが、花咲けるきよいばらが、立ち込んだ屋並みから突き出ていた。
いばらにかき破られてその血で白の花弁を紅に染めたというオスカー・ワイルドの小話を語り始めた。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
イエスを戸外そとへ引き出した。いばらかんむりを頭に冠せ、紫の袍を肩へ着せ、そうして一整に声を上げた。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
後天にのみ注げる眼はダルヰンが論を守りても事足るべけれどそれにて造化は盡されず。いばらは誰か磨き成したる。羽は誰かゑがき成したる。棘の同じさまなるは姑く置かむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
キリストと共にいばらかんむりかむらしめられて信者は彼と共に義の冕を戴くの特権に与かるのである。
いばらや木の枝が、こう、ご婦人の寝乱れ髪って工合に繁っていて、そのなかにはつぐみもいれば虎もいる。そいつをやぶのそとからぶっ放す……檻のなかの獣を撃つより楽なもんです。
あしに似た禾本かほん科の植物類が丈深く密生して、多少凸凹でこぼこのある岸の平地から後方鳥喰崎の丘にかけて、いばらのような細かい雑草や、ひねくれた灌木だの赤味を帯びた羊歯類の植物だのが
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この中には前に挙げた「黄昏たそがれを横にながむる月細し」のごとく、完全なる無声の詩もあるが、一方にはまた「いばらの中のギス」およびその次の句のような、耳に訴えようとした情景もある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
故意に裏面に潜んでいるいばらのような計謀を、露わにさらけ出したような気がしたけれども、しかし彼の巧妙な朗誦法エロキューションは、妙に筋肉が硬ばり、血が凍りつくような不気味な空気を作ってしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
いばらのひかげへすみれぐさ
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
縛られた耶蘇イエスがピラトの前に引出されて罪に定められ、いばらかんむりを冠せられ、其おもてに唾せられ、雨の様な嘲笑を浴びて、遂にゴルゴタの刑場に
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
それは、七宝しっぽうの珠玉や金銀のかがやかしいものではなかった、氷柱つららかんざしいばらにひとしいものである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鸚鵡おうむのような一羽の秦吉了しんきちりょうが飛んで来ていばらの上にとまって、つばさをひろげて二人をおおった。玉は下からその足を見た。一方の足には一本の爪がなかった。玉は不思議に思った。
阿英 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
二日過ぎて、ベルナルドオは我頸をいだき、我手をりていふやう。アントニオよ。今こそは我心を語らめ。桂冠の我頭に觸れたる時は、われは百千もゝちいばらもて刺さるゝ如くなりき。
綿といばらとに身よそおいしたあざみ亡骸なきがら、針金のように地にのたばった霜枯れの蔓草、風にからからと鳴るその実、糞尿に汚れ返ったエイシャー種の九頭の乳牛、飴のような色に氷った水たまり
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
先頃からそれがしもつらつら思うに、枳棘叢中ききょくそうちゅう鸞鳳らんほうむ所に非ず——と昔からいいます。いばらからたちのようなトゲの木の中には良いとりは自然栖んでいない——というのです。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いばらに面をきずつけられ、梢に袖を裂かれつゝも、幾畝の葡萄畠を限れる低き石垣を乘り越え乘り越え、指すかたをも分かでモンテ、マリヨの丘を走り下るに、聖ピエトロの御寺の火は
しかも耳は鳴り、唾液だえきかわき、口中にいばらむようなお心地はあらせられぬか
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大熱のため口中はかわいていばらを含むがごとく、傷口は激痛して時々五体をふるわすほどだったが、豪毅な精神力はそれを抑えて、人には何気なく見えるほど平然と囲碁にまぎらわしているのだった。
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)