普賢ふげん)” の例文
もつときうしたのは、寒山かんざん文殊もんじゆで、拾得じつとく普賢ふげんだとつたために、文殊もんじゆだの普賢ふげんだののことはれ、それをどうかかうかこたへると、またその文殊もんじゆ寒山かんざん
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
象の背に乗つて居る普賢ふげん菩薩の古い仏画のやうに、秋は白であつて群青色であつて、そして日日その仏画のやうに古く錆びが附て行くと云ふのであつて
註釈与謝野寛全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
中尊は手に五色の糸を持ち、左には普賢ふげんの画像、右には善導和尚と先帝の画像と並び、妙法蓮華経八巻と、善導和尚の手になる九巻の御書ごしょも置かれていた。
かたわらにかけた普賢ふげんの画像を眺めながら、鼻の長かった四五日前の事をおもい出して、「今はむげにいやしくなりさがれる人の、さかえたる昔をしのぶがごとく」
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
五百羅漢製作においても多大の精進しょうじんを積まれ一丈六尺の釈迦牟尼仏しゃかむにぶつの坐像、八尺の文殊もんじゅ普賢ふげんの坐像、それから脇士わきし阿難迦葉あなんかしようの八尺の立像をもきざまれました。
もし工事中に、これらの者の家郷かきょうに不幸があった場合には、さっそく本人を小屋から出したのち、金剛こんごう普賢ふげん両院の山伏をまねいて、そのあとを払いきよめることになっていた。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
晩桜おそざくらと云っても、普賢ふげん豊麗ほうれいでなく、墨染すみぞめ欝金うこんの奇をてらうでもなく、若々わかわかしく清々すがすがしい美しい一重ひとえの桜である。次郎さんのたましいが花に咲いたら、取りも直さず此花が其れなのであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
なるほど晴れ渡つた青空に浮く普賢ふげんまゆの両山の眺めは、早崎海峡をひかえているだけに、雄大ではあるが、その真反対の北側の雲仙を永年見なれて来た私にとつては、何となくものたりない。
天草の春 (新字新仮名) / 長谷健(著)
釈迦しゃか文殊もんじゅ普賢ふげん勢至せいし観音かんおん御像おすがたはありがたいわけではありませんか。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おのれを生身しょうじん普賢ふげんになぞらえまたあるときはとうと上人しょうにんにさえ礼拝されたという女どものすがたをふたたびこの流れのうえにしばしうたかたの結ばれるが如く浮かべることは出来ないであろうか。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
釈迦如来を本尊とする仏像の脇士は、左に文殊菩薩、右に普賢ふげん菩薩であります。これにはいろいろの意味がありますが、もし文殊が平等を現す場合には、普賢は差別を現すことになっております。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
普賢ふげん
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人目は?——彼等の前後には観覧人かんらんにんが三四人、今も普賢ふげん文珠もんじゅの前にそっと立ち止まったり歩いたりしていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
拾得が文殊もんじゅ普賢ふげんなら、虎にった豊干はなんだろうなどと、田舎者が芝居を見て、どの役がどの俳優かと思い惑うときのような気分になっているのである。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かつて類のない誓願を抱いて、辺地異域にはべり、日夜万民を憐れみ、普賢ふげん菩薩の悲願に習い、生身のまま入定にゅうじょうした事を実証せんがため弥勒みろくの出現を待つものです
地蔵、観音、勢至せいし文殊もんじゅ普賢ふげん虚空蔵こくぞうなどある。それから天部てんぶという。これは梵天ぼんてん帝釈たいしゃく、弁天、吉祥天きっしょうてん等。次は怒り物といって忿怒の形相をした五大尊、四天、十二神将じんしょうの如き仏体をいう。
釈迦しゃか文殊もんじゅ普賢ふげん勢至せいし観音かんおん、皆、名があるではありませんか。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
国清寺に拾得じっとくと申すものがおります。実は普賢ふげんでございます。それから寺の西の方に、寒巌という石窟せきくつがあって、そこに寒山かんざんと申すものがおります。実は文殊もんじゅでございます。
寒山拾得 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
普賢ふげん影向やうがうましますか。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
國清寺こくせいじ拾得じつとくまをすものがをります。じつ普賢ふげんでございます。それからてら西にしはうに、寒巖かんがん石窟せきくつがあつて、そこに寒山かんざんまをすものがをります。じつ文殊もんじゆでございます。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
こゝろうちでは、そんなことをしてゐる寒山かんざん拾得じつとく文殊もんじゆ普賢ふげんなら、とらつた豐干ぶかんはなんだらうなどと、田舍者いなかもの芝居しばゐて、どのやくがどの俳優はいいうかとおもまどときのやうな氣分きぶんになつてゐるのである。
寒山拾得 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
普賢ふげん拾得じつとくだとふのがわからぬとはれたときである。
寒山拾得縁起 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)