折鞄おりかばん)” の例文
狂いながらも、彼は大事そうに小脇に抱えた大きな折鞄おりかばんを、決して手離さなかった。その中には余程大切なものが入っているのに相違ない。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
サロンには、「会社のオッかない人、船長、監督、それにカムサツカで警備の任に当る駆逐艦の御大おんたい、水上警察の署長さん、海員組合の折鞄おりかばん
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
冬の外套がいとうわきの下に折鞄おりかばんを抱えた重吉は玄関前の踏み石を歩きながら、こういう彼の神経を怪まないわけには行かなかった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やがて庸三は机のうえに散らかったものを、折鞄おりかばんに仕舞いこんで、外へ飛びだすと雨のふるなかを近所の車宿まで草履ぞうりばきのまま歩いて行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何となく、心ゆかしに持っていた折鞄おりかばんを、縁側ずれに炉の方へ押入れた。それから、卵塔の草を分けたのであった。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると、折鞄おりかばんかかえた若い医師が二人、彼の座席のすぐそばに乗込んで腰を下ろした。雨はバスの屋根を洗うように流れ、窓の隙間すきまからしぶきが吹込んだ。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
圭介はいつも勤め先からの帰り途、夕方、折鞄おりかばんを抱えて坂を上って来て、わが家の椎の木が見え出すと、何かほっとしながら思わず足早になるのが常だった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「おかえりなさいまし」お内儀かみのおつまは、夫の手から、印鑑いんかん書付かきつけの入った小さい折鞄おりかばんをうけとると、仏壇ぶつだんの前へ載せ、それから着換きがえの羽織を衣桁いこうから取って
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
時にはやはり背広を着て折鞄おりかばんでも抱えた日本魂をも教える方がよくはないかという気がしたのである。
変った話 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
右の手に黒革の折鞄おりかばん、俗にいわゆる往診鞄を携えているのは、言わずと知れたお医者さんである。
愚人の毒 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
昨夕の折鞄おりかばんをまた丁寧ていねいわきへ引きつけて、ゆっくり巻煙草まきたばこを吹かしながら、宗助の云うことを、はあはあと聞いていたが、どれ拝見致しましょうと御米の方へ向き直った。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
数日後、大隅忠太郎君は折鞄おりかばん一つかかえて、三鷹の私の陋屋ろうおくの玄関に、のっそりと現われた。お嫁さんを迎えに、はるばる北京からやって来たのだ。日焼けした精悍せいかんな顔になっていた。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
相手は、周章あわてたように、ドギマギしながら、折鞄おりかばんの中から、三葉の証書を出した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その時たまたま話しに来た人は、昔馴染の金心異きんしんいという人で、手に提げた折鞄おりかばんを破れ机の上に置き、長衫ながぎを脱ぎ捨て、わたしの真前まんまえに坐した。犬を恐れるせいでもあろう。心臓がまだおどっている。
「吶喊」原序 (新字新仮名) / 魯迅(著)
晴着らしい印半纏しるしばんてんを着ている。そば折鞄おりかばんが置いてある。
牛鍋 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
○同所ジャワ製の竹の折鞄おりかばん
台湾の民芸について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
気紛きまぐれにこの土地へ御輿みこしかつぎ込んだものだったが、銀子がちょっと気障きざったらしく思ったのは、いつも折鞄おりかばんのなかに入れてあるく写真帖しゃしんちょうであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
直ちに郵便局を検べ集配人をただしたが、何のる所もなかった。その翌日は、外出から帰った長男一郎の折鞄おりかばんの中から、2と記したカードが現われた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古ぼけた大きな折鞄おりかばんを小脇にかかえて、ややうつむき加減に、物静かな足どりをはこんでゆく紳士がある。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
医者は商売柄だけあって、少しも狼狽うろたえた様子を見せなかった。小さい折鞄おりかばんを脇に引き付けて、落ちつき払った態度で、慢性病の患者でも取り扱うようにゆっくりした診察をした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、社長はただ笑うだけで、決してこちらへは迷惑はかからぬから心配したもうなと、てんで相手にもなりませんでした。その時、わたしは社長のデスクの上に折鞄おりかばんのあることを見つけました。
庸三は折鞄おりかばんをさげて、ぶらりと家を出た。そしてタキシイで東京駅へ乗りつけたが、海岸の駅へ着いたころには、永くなった晩春の日もすでに暮れかけていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やがて、意気な背広の課長さんが、大きな折鞄おりかばんを小脇に御出勤だ。一同自席から敬礼するのを軽く受けて席につく。鞄がバタンと机の上で鳴る。宗三は、無論礼なんかしない。
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それは立商売を始めてから四週日の金曜日のよいだったが、坂の上の方から折鞄おりかばんを小脇に抱えた紳士が、少しく酩酊めいていの気味でふらふらした足取で、こっちへ近づくのが何故か目に停った。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その晩庸三に差し迫った仕事があったが、にわかの電話なので、原稿紙やペンを折鞄おりかばんに入れて行ってみた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大きな鼈甲縁べっこうぶちの眼鏡をかけ、美しい口髭くちひげをはやし、気の利いた黒のモーニングに、流行の折鞄おりかばんという扮装いでたちのその男は、如何いかにも物慣れた調子で、支配人の前の椅子に腰を下した。
二銭銅貨 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そういって木村氏が帆村の眼の前に持ち出したのは、黒い折鞄おりかばんであった。
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
もらったばかりの昇給の辞令を、折鞄おりかばんから出したり、しまったり、幾度も幾度も、飽かず打眺うちながめて喜んでいる光景、ゾロリとしたおめしの着物を不断着ふだんぎにして、果敢はかない豪奢振ごうしゃぶりを示している
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見ると、黒目鏡をかけ、つけ髭をつけ、古風なアルパカの背広を一着に及んで、黒の折鞄おりかばん繻子しゅす洋傘こうもりという、保険の勧誘員か、集金人みたいな中老人が、カフェの前をうろうろしている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「社長の折鞄おりかばんがなくなったといいますね」