憂欝ゆううつ)” の例文
母はさびしくわらった、千三はたまらなく苦しくなった、いままで胸の底におさえつけておいた憂欝ゆううつがむらむらと雲のごとくわいた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
という噂が、だんだん確からしさを帯びて来て、住民達の憂欝ゆううつと、焦燥と、自棄の中に街全体をおちつきのない騒然たるものにしていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
酒に弱い私は、じき真赤になって、すると私はいつも却って憂欝ゆううつになってしまうのだが、余り口も利かず、静子の顔ばかり眺めていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雪は、時々、彼等のすねにまで達した。すべての者が憂欝ゆううつと不安に襲われていた。中隊長の顔には、焦慮の色が表われている。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
私は隠謀があばかれたもしくは野心がすっぱ抜かれた人のような心持で、腹立たしいそして不安な憂欝ゆううつの中を彷徨ほうこうした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
一般の健康状態はさてき、ある局部が不良なるために卑屈ひくつとなり引込ひっこみ勝ちとなり、憂欝ゆううつにに沈む傾向がありはせぬか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
あるいは憂欝ゆううつとなって、その日その日の思想にいちじるしい影響をおよぼすことなどはつねに人の知るとおりであるが、これらを見ても大脳の働きは
脳髄の進化 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
ヴォルフの歌はそれだけ技巧的で、憂欝ゆううつで、素人耳しろうとみみには、まことに始末の悪いものであるが、そこがまた、ヴォルフの良いと言われる点でもあるのだ。
「そいつを聞かれると、大いに憂欝ゆううつになるのですがねエ」と大江山課長は禿かかった前額まえびたいをツルリと撫であげた。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし彼はまだ悲観する事を知らなかった。発育に伴なう彼の生気は、いくら抑え付けられても、下からむくむくと頭をもたげた。彼は遂に憂欝ゆううつにならずに済んだ。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
南京藻なんきんもの浮かんだ大溝はいつも悪臭を放っていた。彼は勿論もちろんこう言う町々に憂欝ゆううつを感ぜずにはいられなかった。しかし又、本所以外の町々は更に彼には不快だった。
瞬間、憂欝ゆううつな気持ちがかぶさって来て、前にいる大師の顔を見るのが、気の毒な様に思われる。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
爾来じらい杉右衛門は憂欝ゆううつになった。自分の家の囲炉裡いろりの側からめったに離れようとはしなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
村川は、ショパンのワルツを聴きながら、スッカリ憂欝ゆううつになってしまった。倭文子が、それほど京子をはばかっている以上、自分がどれほど彼女を愛しても絶望に違いないと思った。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
元気げんきのなかった、憂欝ゆううつ青木あおきあおそらをながめるように、あたまをもたげました。あかまでがいきいきして、ちょうど、さんごのたまのように、つやつやしくかがやいてえたのです。
小さな草と太陽 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そう。全く憂欝ゆううつになるわよ。男は四十からが盛りだからいいけれど、女はもう上ったりだわ。」と何のはずみだか肩を張って大きな息をしたのが、どうやら男には溜息ためいきをついたように思われた。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
貧しいがために人がその人格を無視されていることに対し、人並以上の憤懣ふんまんを感ぜずには居られない私である。私はこうした雰囲気に包まれて、眼を開けて居られないほどの不快と憂欝ゆううつを味った。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
暗い憂欝ゆううつはかれの心をざした。かれは自分の影法師がいかにもあわれに細長く垣根に屈折しているのを見ながらため息をはいた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
明るい快活な明智小五郎ではあったが、彼とても、探偵事件がうまく運ばぬ様な時には、憂欝ゆううつに沈み込むこともあるのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
朝から晴渡った日だったが、そん軍曹は、憂欝ゆううつな顔をして、長剣を靴のかかとりながら、鉱区を見廻っていた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
彼は疲れて憂欝ゆううつになっていた。太陽が、地球を見棄ててどっかへとんで行っているような気がした。こんな状態がいつまでもつづけばきっと病気にかかるだろう。
渦巻ける烏の群 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
……その憂欝ゆううつからお心がすさみ、継友様には再三家臣をお手討ちなされましたが、その中に、平塚刑部様という、御用人があり、生前に建てた庄内川近くの別墅やしきへ、ひどく執着を持ち
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、それに引きかえ、観客席のQX30は、おもてこそ作り笑いにまぎらせているが、胸のうちなまりを呑んだように憂欝ゆううつざされていた。そのわけは彼の手に握られたプログラムにあった。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえば或悲劇の芸術的価値を否定するのに、悲惨、不快、憂欝ゆううつ等の非難を加える事と思えばよろしい。又この非難を逆に用い、幸福、愉快、軽妙等を欠いているとののしってもかまいません。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そして、そんな憂欝ゆううつな顔をしていらっしゃるのね。お気の毒ですわ。アア、いいことがある。あたしね、先生の代理にお見舞に行って上げますわ。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
アメリカから一億ドル……それも雲南のドルで八十億ドルにもなる借款しゃっかんのかたに、この地方のすずだの色々のものをとられるので、坑夫を集めるのに大童おおわらわだと云う話にひどく憂欝ゆううつにされた。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
「しかしそれはぼくらの力でどうすることもできないことだ、しずかに運命を待とうじゃないか、きみの憂欝ゆううつな顔をかれらに見せてくれるなよ、かれらはきみをなにより信頼してるんだから」
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
如何に又グラウンドのポプラアは憂欝ゆううつな色に茂っていたであろう。信輔は其処に西洋歴史のデエトを、実験もせぬ化学の方程式を、欧米の一都市の住民の数を、——あらゆる無用の小智識を学んだ。
彼の顔からは憂欝ゆううつが消え、新しく希望が現われたのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あわてて、仮装を中止して見たところで、今更ら何の甲斐かいもなかった。夫婦の間には、いつの間にか妙な隔意を生じていた。細君はともすれば憂欝ゆううつになった。
一人二役 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふたりは思い思いの憂欝ゆううつをいだいて家へ帰った、母は戸口に立ちどまって深いいきをついた、かのじょ伯母おばのおせんをおそれているのである、伯父は親切だが伯母はなにかにつけて邪慳じゃけんである
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
彼の後ろのふすまが、けたたましく開け放されなかったら、そうして「お祖父様じいさまただいま。」という声とともに、柔らかい小さな手が、彼の頸へ抱きつかなかったら、彼はおそらくこの憂欝ゆううつな気分の中に
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
聞いてみると、南田が自殺の直前、虫歯の痛みをとめてもらいに来たのは事実で、しかし、歯の痛みだけでなく、何か非常に憂欝ゆううつな様子だったというのです。
妻に失恋した男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
年少時代の憂欝ゆううつは全宇宙に対する驕慢きょうまんである。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わしはちょっと憂欝ゆううつになって、何気なく振向くと、そこへ、大輪の薔薇ばらの花が咲き出した様に、瑠璃子が入って来た。それを見ると、わしの憂欝はどこへやら、けし飛んでしまった。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)