むこ)” の例文
旧字:
いつぞやの凌雲院りょううんいんの仕事の時も鉄やけいむこうにしてつまらぬことから喧嘩けんかを初め、鉄が肩先へ大怪我をさしたその後で鉄が親から泣き込まれ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
風呂敷が少し小さいので、四隅よすみむこう同志つないで、真中にこま結びを二つこしらえた。宗助がそれをげたところは、まるで進物の菓子折のようであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行人の故郷を回顧する目標なるがゆえに見返りの橋と名づけられ、向いの森は故郷の観をさえぎるゆえに隠しの森と呼ばれ、むこつつみの上に老いたる一樹の柳は
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
若くから氏上うじのかみで、数十の一族や、日本国中数万の氏人から立てられて来た家持も、じっとむこうていると、その静かな威に、圧せられるような気がして来る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あるいは、足休めの客の愛想に、道のむこう側を花畑にしていたものかも知れない。流転のあとと、栄花の夢、軒は枯骨のごとく朽ちて、牡丹のはだは鮮紅である。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あっ、いけねえ! むこう岸の敵の奴らも漁船を引っぱりだして乗りこんで来るっ。ぐずぐずしていると追いつかれるぞ」と、例によって、野卑なことばできたてた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬を泥中に救う その翌日川に沿うて上りました。浅き砂底の川をむこうに渡らんとて乗馬のまま川に入りますと、馬は二足三足進んで深き泥の中に腹を着くまでおちいりました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「そ、そ、その僕が面白うない。君僕というのは同輩或は同輩以下にむこうて言う言葉で、尊長者にむこうて言うべき言葉でない、そんな事も注意して、僕といわずにわたくしというて貰わんとな……」
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
一度僕の傍まで来られて、それから自分のお席へ戻られましたが、足数だけかぞえていますと、十一歩でした。五メータです。そうすると、みすが下りまして、そのむこうから御質問になるのです。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
長閑のどかに一服吸うて線香の煙るように緩々ゆるゆると煙りをいだし、思わず知らず太息ためいきいて、多分は良人うちの手に入るであろうが憎いのっそりめがむこうへまわ
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その氷の山にむこうて居るような、骨のうず戦慄せんりつの快感、其が失せて行くのをおそれるように、姫は夜毎、鶏のうたい出すまでは、殆、祈る心で待ち続けて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
死をして、殿軍しんがりは仕りますが、いかんせん、渡船、荷舟、田舟にいたるまで、船は戦いの前に、敵にさらわれ、また焼き捨てられて、この南中島からむこう岸へお越え遊ばすには
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところでまた大きな石を前の石の上にげんとしますと馬は私の様子を見て非常に恐れて居りましたが、やがてズドンと一つ擲げますと馬は大変な勢いで飛び上ってむこうの岸へ着きました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
むこうなる、海のおもにむらむらとはびこった、鼠色の濃き雲は、彼処かしこ一座の山を包んで、まだれやらぬ朝靄あさもやにて、ものすさまじく空にひひって、ほのおつらなってもゆるがごときは、やがて九十度を越えんずる
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いつも、兄が本鎚ほんづちに坐り、私が、むこう鎚をって、夜の白むのも知らず、鍛ち明かしたもので御座いました。……けれど、他家へ養子に参ってからは兄にうのも、年に一度か二度。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういえばあいつのつらがどこかのっそりに似て居るようで口惜しくて情ない、のっそりは憎い奴、親方のむこうを張って大それた、五重の塔を生意気にも建てようなんとは憎い奴憎い奴
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「大乗院なら横川よかわ飯室谷いいむろだにだ。この渓流にそうて、もっと下る、そしてむこう岸へ渡る。こんな方へ来ては来過ぎているのだ」若僧はそう教えられて深い渓谷けいこくの道をかなしそうに振向いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)