夕陽せきよう)” の例文
このへんから西方雲煙うんえんおもて夕陽せきようの残光を受けて立つ日本アルプスの重畳じゅうじょうは実に雄麗壮大の眺めであった。濃霧の中を冒して渋温泉へ下る。
夕陽せきよう西へ沈む頃、ここの大軍はいちどに発足した。鹵城はさして遠くない。夜半までには難しいが、未明には着ける予定である。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さればこの中途半端の市街に対しては、風雨ふうう雪月せつげつ夕陽せきよう等の助けをるにあらずんば到底芸術的感興を催す事ができない。
寛延二年から十五年を経た明和めいわ元年のことであったが、摂州萩の茶屋の松林に正月三日の夕陽せきようが薄黄色く射していた。
赤格子九郎右衛門の娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紅葉もみじ火のごとく燃えて一叢ひとむらの竹林を照らす。ますます奥深く分け入れば村きわまりてただ渓流の水清く樹林の陰よりずるあるのみ。帰路夕陽せきよう野にみつ
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
折柄の夕陽せきよう横斜よこはすに小虎の半身を赤々と照らした。それが流れの鈍い水のおもにも写るので有った。上にも小虎、下にも小虎、一人が二人に割れて見えた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
さて一方、盛政は大野路山に旗本を置いて、清水谷庭戸浜に陣を張って賤ヶ岳を囲んで居ったが、桑山修理亮の言を信じて、夕陽せきよう没するに及んで、開城を迫った。
賤ヶ岳合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
練兵場れんぺいばの横を通るとき、重い雲が西で切れて、梅雨には珍らしい夕陽せきようが、真赤になって広い原一面を照らしていた。それが向うを行く車の輪にあたって、輪が回る度に鋼鉄はがねの如く光った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日は夕陽せきように及ぶ、空腹にはなる、こはいかにとはるかのおかに上り見渡せば、かすかに五七軒の家居の見ゆるさまなれば、なににもせよあの人家まで行きつくべしと、方角は分かたねども
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
萩原晃はぎわらあきらこの時白髪しらがのつくり、鐘楼しょうろうの上に立ちて夕陽せきようを望みつつあり。鐘楼は柱につたからまり、高き石段にこけ蒸し、棟には草生ゆ。晃やがておもむろに段を下りて、清水に米をぐお百合ゆりの背後にく。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
の西山に登り、広原沃野を眼下に望み、俗界の上に立つこと千仞せんじん、独り無限と交通する時、軟風背後の松樹に讃歌を弾じ、頭上の鷲鷹しゅうよう比翼をのばして天上の祝福を垂るるあり、夕陽せきようすでに没せんとし
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
踽〻然くくぜんとして夕陽せきようの山路や暁風ぎょうふう草径そうけいをあるき廻ったのである。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
神田川かんだがわ八丁堀はっちょうぼりなぞいう川筋、また隅田川すみだがわ沿岸の如きは夕陽せきようの美をたざるも、それぞれ他の趣味によって、それ相応の特徴を附する事が出来る。
円錐形えんすいけいにそびえて高く群峰を抜く九重嶺の裾野すそのの高原数里の枯れ草が一面に夕陽せきようを帯び、空気が水のように澄んでいるので人馬の行くのも見えそうである。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ここに少憩して付近のしょうを探ぐり、はるかに左方春日山かすがやま城跡じょうせきおいで、曠世こうせいの英傑上杉輝虎てるとらの雄図をしのび、夕陽せきよう斜めに北海の怒濤どとうてらすの夕闇に、うしおりの物凄き響きをききつつ
しかし私は日頃しきりに東京の風景をさぐり歩くに当って、この都会の美観と夕陽せきようとの関係甚だ浅からざる事を知った。
この日残暑の夕陽せきよう烈しきに山谷の遠路えんろをいとはずしてわが母上も席につらなり給ひぬ。母は既に父いませし頃よりわが身の八重といふれそめける事を知り玉ひき。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
然れども日本の気候と天象てんしょう草木そうもくとは黒潮こくちょうの流れにひたされたる火山質の島嶼とうしょの存するかぎり、永遠に初夏晩秋の夕陽せきよう猩々緋しょうじょうひの如く赤かるべし。永遠に中秋月夜ちゅうしゅうげつや山水さんすいあいの如く青かるべし。
浮世絵の鑑賞 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
然れども日本の気候と天象てんしょう草木そうもくとは黒潮こくちょうの流れにひたされたる火山質の島嶼とうしょの存するかぎり、永遠に初夏晩秋の夕陽せきよう猩々緋しょうじょうひの如く赤かるべし。永遠に中秋月夜ちゅうしゅうげつや山水さんすいあいの如く青かるべし。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鶴巻町の新開町を過れば、夕陽せきようペンキ塗の看板に反映し洋食の臭気芬々ふんぷんたり。神楽坂かぐらざかを下り麹町こうじまちを過ぎ家に帰れば日全くくらし。燈をかかげて食後たわむれにこの記をつくる。時に大正十三年甲子かっし四月二十日也。
礫川徜徉記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)