土鍋どなべ)” の例文
その敷物が夜分の寝床にもなりますので、隅にはその室付のかまが一つ、その上に土鍋どなべが一つ、それから水を入れる土のびんが一つある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
その晩細君は土鍋どなべへ入れたかゆをもって、また健三の枕元にすわった。それを茶碗ちゃわんに盛りながら、「御起おおきになりませんか」といた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
新庄の町はずれに東山ひがしやまと呼ぶ窯場があります。美しい青味のある海鼠釉なまこぐすりを用いて土鍋どなべだとか湯通ゆどうしだとかかめだとかを焼きます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
傾きやすき冬日の庭にねぐらを急ぐ小禽ことりの声を聞きつつ梔子の実をみ、寒夜孤燈の下にこごゆる手先をあぶりながら破れた土鍋どなべにこれを煮る時のいいがたき情趣は
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そして、奥畑が何か話しかけたそうにするのを避けて次の間へ行き、お春が煮かけていた重湯の土鍋どなべをおろして銀瓶ぎんびんを掛け、それが沸くのを待って茶を入れた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宮内くない竹童ちくどうのたべた土鍋どなべのからと、蛾次郎がじろうべたからを両手にもって、社家しゃけのほうへもどってしまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
薬缶やかん土鍋どなべ類とは別にして、左の方の蒲団わきに、見なれない一冊の画帖のあることを認めました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
土鍋どなべはアルミからみたら、ずっとよいが、それでも貝鍋には、はるかに及ばないような気がする。
貝鍋の歌 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「そんでも店臺みせでえは四つあしなに穿いてら、土鍋どなべ片口かたくちさらだ、どれも/\けてらあ」
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
乳山は上州信州共に同名なるが如く記載してあるけれども、これは図のあやまりであって、上州では乳山とはいわず浦倉山と呼んでいる。五万の土鍋どなべ山や御飯おめし岳に就ては、山名が記入してない。
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そばにかゆを炊く土鍋どなべが置かれてあるが、幾日にもそれを炊いた跡が見えない。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「旦那が自分で釣って、自分で料理したんですって」だんごはそこへ坐って説明した、「たまごっていう魚で、白焼にして干したのをまた煮たんです、土鍋どなべでとろ火にかけて、半日もかかって」
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
火消壺ひけしつぼ等種々土をつて造る所ゆゑ自然子供への玩具も作り、浅草地内、或は東両国、回向院前等に卸売見世おろしうりみせも数軒ありて、ほんの素焼すやき上薬うわぐすりをかけ、土鍋どなべ、しちりん、小さき食茶碗、小皿等を作り
江戸の玩具 (新字旧仮名) / 淡島寒月(著)
あるいは土鍋どなべ行平ゆきひら石皿いしざら湯婆ゆたんぽ、粗末なそれらのものばかりは、醜い時代の力にまだ犯されずにいる。日々忙しく働く身だけは、病いも犯しにくいと見える。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして私たちは、御飯がたべたければ小さな土鍋どなべで米をかしぎ、別におひつへ移すまでもなくテーブルの上へ持って来て、罐詰か何かを突ッつきながら食事をします。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
土鍋どなべの底のようなあかい顔が広告の姿見に写ってくずれたり、かたまったり、伸びたり縮んだり、傍若無人ぼうじゃくぶじんに動揺している。高柳君は一種異様な厭な眼つきを転じて、相手の青年を見た。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一人はかれを都から此処にれて来たものであつた。かれ等は庫裡くりから入つて行つた。婆さんに出て行かれたかれは、ひとりぽつねんとして庫裡くりにゐた。かれはひとりで土鍋どなべに飯をいて食つてゐた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ごつんという低い(ちょうどそれは土鍋どなべを割るような)
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小さなこんろや土鍋どなべが見える。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茶碗、湯呑ゆのみ、皿、小鉢、土瓶、土鍋どなべ等、家庭で一番つかうものを石見では見捨てている。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
毎朝別にいている土鍋どなべの御飯の、おかゆのように柔かいのがすっかり冷えてしまったのを茶碗ちゃわんに盛って、塩昆布しおこんぶを載せて食べている母親は、お膳の上へ背を円々とおおいかぶさるようにしていた。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)